世帯年収1000万円でも子育ては苦しい? かつて“勝ち組”と呼ばれた中流層の実情

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公開日:2023/12/1

世帯年収1000万円 「勝ち組」家庭の残酷な真実
世帯年収1000万円 「勝ち組」家庭の残酷な真実』(加藤梨里/新潮社)

世帯年収1000万円 「勝ち組」家庭の残酷な真実』(加藤梨里/新潮社)は、特に子育て世帯に特化して、ファイナンシャルプランナーの観点から世帯年収1000万円前後の家庭の「苦しさ」を分析している一冊です。著者の加藤梨里氏が社会人になった約20年前に「勝ち組」と言われていた年収1000万円世帯は、現代社会では決してそうではなくなっていると本書で明言しています。

本来、ある人が「裕福かどうか」は主観的、かつ曖昧なもので、論じること自体が不毛である気もします。しかし、もし「年収1000万は裕福か」という問いに何らかの解が求められるのだとしたら、少なくとも子育て世帯においては、今の年収1000万円はごく基本的な生活には事欠かないレベルではあっても、「勝ち組」というイメージはもはや虚像に過ぎないというのが、筆者なりの見解です。

 ここで生じる議論は「基本的な生活に事欠く人がいる中で、事欠かない世帯の悩みはぜいたくだ」というものですが、あくまで加藤氏は「年収1000万円の子育て世帯」に関して自分で見聞きしたことやデータを収集する中で、どれだけ社会課題の実容を具体的に描けるかに尽力しています。

 たとえば、著者が都内で共働きしていたため2つの保育園に子どもを預けていたとき、自宅を出てそれぞれを園に預けて職場に辿り着くまで毎朝3時間以上かかっていたというエピソードが紹介されています。もちろん加藤氏はその「大変さ」をアピールするためではなく、「なぜそういう状況が生じているのか?」ということを論じるためにそのエピソードを紹介しています。

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 保育園に子どもを預ける家庭の状況は決して一様ではありません。働く場所に応じて住む場所を選べるかどうか。実家に頼れるかどうか。収入的に民間の学童に頼れるかどうか……。収入、時間、働き方のこうした駆け引きは、保育園や幼稚園だけではなく小学校に入ってからも続き、いわゆる「小一の壁」として知られています。

 こうした問題をどのように解決するかということに関して、「東京大学の学生の親の半数以上が年収950万円以上」など、ある程度は経済力が物を言うというデータも提示されています。

同大学が学生の実態を調べた報告書によると、学生の11.4%は生計を支える親などの世帯収入が950~1050万円、42.5%が1050万円以上といいます。調査年による変動もありますが、2000年以降はほとんどの年で、年収1000万円超レベルが半数以上を占める結果になっています。

 もちろん、読んでいて苦しくさせるのは著者の本意ではありません。読者が俯瞰して自身の状況を見渡して冷静な対処策が取れるように、奨学金を使ったり、つみたてNISAやiDeCoをしたりするとどうなるかなど、ファイナンシャルプランナーの見地からの具体的なアドバイスや見解がたっぷりと書かれています。また、国民的作品である『サザエさん』や『クレヨンしんちゃん』などに登場する家庭を例にした家計シミュレーションも興味を惹かれます。

 本書をどのような方が手に取りやすいかというと、やはり書かれているのと同じくらいの収入があり子育てをしている世帯の方でしょう。ですが、「年収1000万円前後の子育て世帯」の課題や問題に対する分析と洞察は、他の収入層世帯にも寄与できるというのが著者の信条です。最近の国の子育て施策や、物価上昇のニュースが気になっている方は、本書を手に取ってみてはいかがでしょうか。

文=神保慶政

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