少年犯罪、家族の在り方を問う、著者渾身の傑作長編。――『ユニット』佐々木譲 文庫巻末解説【解説:吉野仁】

更新日:2024/1/30

少年犯罪と家族の在り方を克明に描き出す、著者渾身の傑作サスペンス。
『ユニット』佐々木 譲

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
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ユニット』著者:佐々木 譲

『ユニット』文庫巻末解説

解説
よし じん

「ユニット」という言葉から、あなたはまず何を思い浮かべるだろうか。
 長くバンド活動をしてきたミュージシャンが、その活動と並行して、新たな仲間と組んだとき、「新ユニット結成」と表現されることがある。それによって彼らは、バンドではやらなかったタイプの音楽を演奏したり、自分の個性をより強く出したりできるのだ。こうしたユニット化の流れは、音楽の世界だけではない。家族の形態も同様だ。戦前までの家父長的な家制度がなくなり、戦後は核家族へと変化したものだが、現代ではシングル化が進み、夫婦の離婚や再婚もあたりまえとなっている。ひとつには、家族のしがらみにとらわれず、ひとりの人間として好きなように生きるという意識が高まってきたからだろう。
 もっとも離婚にまで至るには、さまざまな理由がある。いま日本では、結婚した三組のうち一組はのちに別れており、その理由の第一位は性格の不一致だが、虐待や暴力も上位に挙がっているのだ。表から見えない家庭内暴力(DV)は思った以上に多いのかもしれない。家庭といういわば閉じられた空間のなかで、それが毎日のように続き、より激しくなるのであれば、事態は深刻である。
 本作『ユニット』に登場するかどわきゆうもまた、夫のひでから激しいDVを受けていた女性だ。げきこうしやすい英雄から周期的に理不尽な暴力をふるわれていた。だが、祐子は病院で治療を受けながらも「階段で滑って落ちた」と医者にうそをついていた。なにしろ英雄は北海道警察本部に勤務する優秀な警察官だ。仮に医者が警察へ通報したとしても、それをもみ消してしまう可能性が高い。そしてその憎悪と怒りをこれまで以上にぶつけてくるだろう。祐子は追いかけてはこられない場所へ五歳のはるとともに逃げることを決意した。
 この小説が最初に単行本で刊行されたのは二〇〇三年十月のことだ。そのちょうど二年前の二〇〇一年十月に、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律、いわゆるDV防止法が日本で施行された。すなわち、法律で保護しなくてはならないほどDVがまんえんし、表面化していたのである。加えて、ストーカー規制法も二〇〇〇年十一月に施行されている。DVやストーカーの被害者は、転居先などの情報を知られないように自治体に対して手続きが可能となった。しかし、じっさいにはそうした情報が加害者側にろうえいしてしまう例が後を絶たない。役所の不手際により、殺人にまで発展した事件もあった。法律だけでは防ぎきれない場合も多いのだ。ましてや本作の場合、夫の英雄はただの男ではなく優秀な警察官である。プライドが傷つけられたことでますます憎悪が増し、手段を選ばず祐子を連れ戻そうとする。こうして逃げる女と追う男の闘いが展開していく。
 そして、家庭の内ではなく外からの暴力によって家族が壊れる悲劇もある。もうひとりの主人公であるなべあつしは、七年前、妻と子を少年に殺された。犯人のかわじりは十七歳。遊ぶ金欲しさで犯行に及んだ凶悪な事件だったが、その年齢ゆえ、乃武夫は死刑にはならず無期懲役となった。真鍋は妻子の死から立ちなおることができず、会社を辞め、酒におぼれるようになった。
 暴力夫から子供を連れて逃げる門脇祐子、そして妻子を無残に殺され、生きる希望を失った真鍋篤。そんなふたりが、ある出来事をきっかけに知り合うこととなる。さつぽろで工務店を経営するまさあきが、職業安定所へ求人票を出した帰り、地下鉄のホームから女性が転落するという事故が起きた。その場にいあわせ、波多野とともに転落した女性の救出を手伝ったのが真鍋と祐子だった。そんな縁がもとで、波多野の工務店でふたりは働きはじめたのだ。
 配管工として働きだした真鍋だが、あいかわらず夜は悪夢にうなされ、酒を飲む金が必要で仕事をするという毎日だった。だが、ある日、そんな生活をきっぱりやめた。妻子を殺した犯人、川尻乃武夫が仮出獄したという話を聞き、ふくしゆうを決意したのだ。一方、門脇英雄は、実家をはじめ、祐子の逃亡先となりそうな場所を徹底して調べあげ、足取りを追っていた。逃亡者と追跡者、復讐する者と復讐される者。複雑に絡み合った彼らの物語は、思わぬ展開とともに、劇的なクライマックスへと突入していく。
 本作で描かれている妻子殺害事件は、一九九九年に山口県ひかり市で起きた実際の事件とよく似ており、おそらくモデルにしたのだろう。ただし、この事件の犯人は事件当時十八歳だった。刑事裁判では、第一審、控訴審のいずれも無期懲役とする判決だったが、最高裁で審理を差し戻す判決が出たのちの控訴審では死刑判決が言い渡された。妻子を殺された被害者の夫は、一審判決後に「司法に絶望した、加害者を社会に早く出してもらいたい、そうすれば私が殺す」と発言したという。
 また、有能な刑事でありながら、家では妻に暴力を与え続け、あげく妄執にとらわれながら家出した妻を追跡していくという話には、前例がある。一九九五年に発表、九六年に邦訳されたスティーヴン・キング『ローズ・マダー』だ。じようは、大のキングファンで知られるので、この小説の設定を本作に持ち込んだのだろう。もちろん読めば歴然としているのだが、『ローズ・マダー』ではキングならではのスーパーナチュラルな要素が加えられ、後半からまったく異なる展開を迎えていく。
 実際の凶悪犯罪をモデルに、そしてキング作品の設定を導入しつつ、舞台を北海道においたうえで、家族の悲劇、復讐、そして再生というテーマを重ね、作者は本作を創りあげたのだ。読みどころは、少年犯罪やDV、そして復讐の正義といった社会問題にとどまらない。子供を連れて逃げる祐子の逃亡劇、彼女をしつように追跡する夫の常軌を逸した姿、そして家族の復讐のために、仮出獄した男の行方をさぐる真鍋と、復讐される側となった乃武夫との対決など、登場人物それぞれの心理を丹念にとらえたことから浮かびあがるサスペンスがみごととしか言い様がない。絡み合い、変化に富んだストーリー、そこに与えられたすごみを感じさせる現実感、そして派手な活劇をまじえたクライマックスがたっぷりと味わえる。
 もうひとつ、本作は作者にとり、新たなジャンルへ本格的に取り組むきっかけとなった重要な作品でもある。この小説を雑誌連載するにあたり、警察組織をきっちりと描こうと北海道警察の取材をはじめたという。
「すると、当時はまだ発覚していなかったA警部事件(02年、道警のA警部がかくせいざい使用、営利目的所持、けんじゆう不法所持の容疑で逮捕された)の噂を聞いた。そんなことが本当にあるんだろうかと半信半疑でいるうち、次々に事件が明るみに出てきたから驚きました。ちょうどその頃、かどかわはる社長から「警察小説をやらないか」と言われていたので、A警部事件を踏まえて『うたう警官』(04年)を書きました」(〈佐々木譲 新人賞受賞40周年インタビュー〉書くことは、変わり続けること 「オールよみもの」編集部 ぶんげいしゆんじゆうウェブメディア「本の話」より ※一部を匿名表記に変更しています)
 その後、日本を代表する警察小説の書き手となった作者だが、そのきっかけは、なんと本作『ユニット』にあったのである。
 佐々木譲は、現在もなお作風の幅を大きくひろげようと、大胆なif設定を導入した改変歴史小説『抵抗都市』『時を追う者』をはじめ、タイムトラベル作品集『図書館の子』、近未来逃亡サスペンス『裂けた明日』、そして開戦前夜のまんしゆうを舞台に猟奇殺人をめぐる警察捜査と女性画家のロマンスを描いた『闇の聖域』など、SFやファンタジーの要素をもつ作品に挑戦している。なにしろ二〇一七年に、第二十回日本ミステリー文学大賞を受賞したときのスピーチで〈佐々木譲バージョン5.0〉を宣言した。バージョン1.0がバイク小説など青春もの、2.0がハードボイルド・冒険小説、3.0が歴史・時代小説、4.0が警察小説という位置づけで、作風の幅を広げているいまがバージョン5.0なのだ。
 冒頭で述べたとおり、「ユニット」という言葉が使われ出したのは、「それまでのしがらみを捨て、より自由に自分らしく生きる」ことが可能になった時代の流れと通じているのだろう。最近の作者の姿勢もまた同じだ。小説ジャンルの枠にとらわれず、これまでにないスタイルや要素を組み合わせて新作に取り組もうとしている。これからどんな作品が登場するのか予想もつかないが、物語の密度と面白さだけは裏切ることはないだろう。

作品紹介・あらすじ

ユニット
著 者:佐々木 譲
発売日:2023年11月24日

少年犯罪、家族の在り方を問う、著者渾身の傑作長編。
17歳の少年に、最愛の妻子を殺害された真鍋。警察官である夫の暴力に耐えきれず、幼い息子を連れて家を飛び出した祐子。ある偶然から同じ職場で働くことになった2人は、互いに傷を隠しつつも少しずつ交流を重ねていく。しかしある日、真鍋は事件の犯人である少年が出所したことを知る。わずか7年という年月での出所に複雑な思いを抱く真鍋は、次第に犯人への憎悪を募らせていく。一方、祐子にも夫の執拗な魔の手が迫っていた――。少年犯罪と家族の在り方を克明に描き出す、著者渾身の傑作サスペンス。

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