兄弟のように育った“少年”の巣立ちを猫目線で描く! 平凡な日常の大切さを教えてくれる絵本『わすれていいから』

文芸・カルチャー

公開日:2024/2/21

わすれていいから
わすれていいから』(大森裕子/KADOKAWA)

「大切な人の幸せを心から願う」とは一体、どういうことだろう。『わすれていいから』(大森裕子/KADOKAWA)は、そんな疑問を持った時、心に刺さる優しい絵本だ。

 本作は『パンのずかん』(井上好文:監修/白泉社)や『ねこのずかん』(今泉忠明:監修/白泉社)などのユニークな図鑑シリーズを手がけた絵本作家・大森裕子氏が描く“猫と少年の巣立ちの物語”。

 猫目線で語られる少年の成長にほっこりさせられるだけでなく、かけがえのない家族が巣立っていく日の受け止め方も教えてくれる、温かい作品となっている。

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 物語の主人公は、1匹のキジトラ猫。自分を「おれ」と呼ぶその猫は子猫の頃、とある家に迎え入れられた。そこで出会ったのは、生まれて間もない小さな赤ちゃん。

P4-7

P4-7

 成長が早い自分とは違い、ゆっくり大きくなっていく少年を見て、猫は自分のほうが“あにき”だと認識。ふたりは一緒に遊び、絆を深め、「我が家」という安心できるなわばりの中で共に成長していった。

P10-11

 年を重ねると、日常に少しずつ変化が起き始める。少年は学校へ通ったり、友達と遊んだりと忙しそう。次第に家を空けることが増え、猫と過ごす時間は減っていった。

 猫は大きくなった少年を見て、自分が少し小さくなったと感じるように。しかし、そうした様々な変化も受け入れ、猫は宿題を教えようと奮闘したり、泣いている時にはそばに寄り添ったりして、“弟”を見守り続けた。

 モフモフな優しいあにきを持つ少年はやがて、青年へと成長。いつも、すみっこで寄り添いながら眠っていたソファーや、ふたりで一緒に景色を見ていた窓に弟はいなくなった。

P32-33

 そうした日々が続いたことで、猫は少年の不在に気づく。そして、大切な弟がいない理由を自分なりに考え、ある温かい答えに辿り着くのだ。

 猫が導き出した答えを知った後、読み返してほしいのが、本作のタイトルである。なぜなら、たった8文字の言葉の中に詰め込まれた、猫の想いが心に染みるからだ。その大きな愛情を知ると、読者の頬には温かい雫が流れることだろう。

 出会いと別れは、家族間にもある。特に、子どもの巣立ちは家族にとって一大イベントだ。親側としては、寂しさと嬉しさで心がグラグラすることもある。

 だからこそ、旅立ちの春を間近に迎え、そうした心境になっている親御さんに、ぜひ本作を手に取ってほしい。きっと、愛情深い1匹の猫の姿が、新しい道を歩んでいく我が子をどう応援し、支えるのかを教えてくれるだろう。

 また、この物語は永遠に続く当たり前の日常などないという、悲しくも大切な事実に改めて気づかせてもくれる。

 いつも一緒に過ごせる人間の家族や動物の家族は、“いて当たり前”の存在になりやすい。だが、家族と一緒にいられる時間にはたしかに限りがあり、単調だと思えるような日々にも計り知れない価値がある。そう気づくと、家族の見え方やかける言葉もおのずと変わってくるはずだ。

 平凡のように思える日常には、たくさんの幸せがちりばめられている。そう教えてくれる本作は、大切な人にも送りたくなる絵本である。

文=古川諭香

◆書誌情報『わすれていいから』

https://yomeruba.com/product/ehon/322210001428.html

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