『闇金ウシジマくん』作者の描く、悪徳弁護士マンガ『九条の大罪』10巻レビュー。9巻で半グレに裏切られて逮捕された九条は…

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公開日:2024/2/26

九条の大罪
九条の大罪』(真鍋昌平/小学館)

 主人公の九条弁護士は、感情と法律を切り離して考えることを信条としている。半グレやヤクザの弁護をしていることから悪徳弁護士と呼ばれて、家族も離れていってしまった過去がある。そして9巻ラスト、とうとう九条は自分を頼っていた半グレから裏切られ、逮捕されてしまうのだった……。本記事では九条逮捕後の10巻をレビューする。

九条の大罪』(真鍋昌平/小学館)はなぜ大人気なのか。それを考えるときりがない。私たちは九条を通して法律とは何かを考える一方、同じ真鍋昌平による『闇金ウシジマくん』とは異なる角度から闇社会の怖さを思い知る。どの巻を読んでも衝撃を受けて「どうすればこんな傑作が生まれるのか」といつも自問してしまう。しかし作者は、驚くべき速さでどんどんと新刊を刊行する。読者の興奮はさめる暇がないのだ。

 話を冒頭に戻す。九条の逮捕理由は以下のとおりだ。

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殺害実行犯(中略)に逃亡を示唆した嫌疑があり、犯人隠避で逮捕しました。

 なるほど。たしかに夢中になって読み進めているうちに九条の立場で物語を見ていて、「弁護士だから大丈夫」という思い込みが自分の中にあった。この刑事の言葉によって私は現実に引き戻された。九条はやはり悪徳弁護士と呼ばれる存在で、闇社会にいる加害者の側に立つことで、逮捕されたり、実刑を科されて弁護士としての仕事がもうできなくなったりする危険な橋を渡っていたのだ。

 本作で九条は、自分の弁護士として九条法律事務所の元イソ弁(※居候弁護士。事務所から給料をもらって勤務している弁護士のこと)である烏丸弁護士を選任要求する。一度は九条から離れた烏丸弁護士は、要求を受けてどのような返事をするのだろうか。それがわかるのも10巻での大きなポイントだが、私が10巻の最大の見どころとして強調したいのは、九条の過去が今までの何倍ものスケールで描かれることだ。

 九条の父親は有能な検事だった。そして九条の兄である鞍馬蔵人も優秀で父を尊敬し、検事となった。九条は毎日のように自分を敵視する刑事に尋問を受ける日々のなかで、自分の青春期を振り返る。おそらくまだ十代だった九条は、優秀な兄の蔵人と比べられて育った。時に父親から暴力を振るわれ、病に伏している母も九条より兄の蔵人に愛を注いでいる様子である。今の感情をほとんど表に出さない九条と同一人物とは思えないほど、若き日の彼は苦悩を露わにして、家族のだれにも頼れない孤独感に苛まれていた。

 私の妹たちも私より優秀だと今も思っているのだが、私はそれをネガティブにとらえることがなかった。しかしある日、近所に住んでいた同い年の女の子が、関西でもっとも偏差値の高い、某国立大学の医学部に首席で合格した姉の優秀さにコンプレックスを抱いているのを知った。姉や兄といった上のきょうだいが優秀であれば、血の繋がっている下の子も優秀なはずだと親の期待を背負わされている人は今もいるだろう。

お前は なぜ蔵人のようにできないんだ?

 父の厳しい言葉に「勉強したくありません」と泣きながら鉛筆を噛む少年。彼に今の九条の面影はない。私はずっと、弁護士資格を持つ九条は子どものころから優秀だと評価されてきたのだと思っていたが、それは誤解だったのだ。

 10巻で独房にいる現在の九条は、若いころと同じように鉛筆を噛む。刑事の尋問は非常に厳しく、黙秘権を行使しようとしても心が弱ってきているのだ。九条が振り返るのは親に認めてもらえなかった日々だけではない。離婚した妻と妻に引き取られた娘のこと、法律を学ぶ青年となった後、父が検事を務める裁判を傍聴した日のこと……その裁判の被害者遺族は、若い烏丸弁護士だった。まだ弁護士になっていないころから九条は、「感情と法律は切り離して考えるもの」という信念があった。しかしそれは、父親と兄の考え方とは異なるものであったことから、ふたりはやがて九条に失望する。

 再び時を現在に戻す。兄の蔵人は、弟が逮捕されたと聞いてもまったく動揺しない。縁を切った経緯については今後作中で明かされるのかもしれないが、動揺しないということはよほどのことがあったのではないだろうか。加えて兄弟で名字が異なることは謎のままだ。そして半グレの壬生が九条を裏切った理由、九条の離婚の経緯など、謎を残していることは、ある意味、愛読者に安心感を与えているのではないだろうか。私も九条の逮捕によってクライマックスが近いと悲しんでいたファンのひとりなのだが、そうではなさそうだ。

 おそらくその予感は的中した。巻末、11巻から本作の新章が始まることが明らかになったのだ。この新章も概要とイラストを見るだけで不穏さに満ちあふれている。壬生は九条を裏切って逮捕まで追い込んだ。このことに対して九条は壬生になんと言うのか見当がつかない。

 前述したように本作の新刊は次から次へと発売される。まだ読んでいない人は、新章が始まるまでに一刻も早く1巻から10巻まで読んでほしい。衝撃作であると共に、10巻ではカルロス・ゴーンの逃亡にも繋がった日本の法律の問題点に対しての言及もある。そうした現実的な日本の法律の問題点に好奇心がくすぐられるのも、本作を読む醍醐味のひとつだろう。

文=若林理央

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