今月のプラチナ本 2011年2月号『ビューティフルピープル・パーフェクトワールド』坂井恵理

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/4

ビューティフルピープル・パーフェクトワールド (IKKI COMIX)

ハード : 発売元 : 小学館
ジャンル:コミック 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:坂井恵理 価格:720円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『ビューティフルピープル・パーフェクトワールド』坂井恵理

●あらすじ●

美容整形の技術が発達し、誰もが美しさと見た目の若さを簡単に手に入れることができるようになった、近未来の日本。憧れの存在と同じ姿になる者、愛する人の望む姿を選ぶ者、あえて素の姿で踏みとどまる者─。揺れ動く心、翻弄される人生。美と若さだけが求められる世界に生きる人々の、ぞれぞれのドラマを描いた連作短編コミック(単行本書き下ろし)。月間IKKI漫画賞[イキマン]単行本部門初受賞作品。

さかい・えり●1972年、埼玉県生まれ。94年、ヤングマガジン月刊新人賞受賞後、ヤングマガジンダッシュ増刊号「未来のイブ」でデビュー。他の作品に『ラブホルモン』『北池袋かすみ荘』(原作/紫門ふみ)『パプリカーThe Dream-Childー』(原作/筒井康隆)がある。

『ビューティフルピープル・パーフェクトワールド』
小学館IKKI COMIX 700円
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

美男美女の世界の中心で何を叫ぶ?

近頃、街を歩く若者たちの多くが美男美女になったと感じるのは、自分が年をとったせいなのか。いや、人々の求めるものが〝富と名誉?から〝美と快?に変わってきたということだろう。それは決して悪いことではない。富を求めなければ略奪や搾取はなくなるし、名誉を求めなければ歪んだ自尊心がもたらす争いはなくなる。この変化は、争いから平和へのパラダイムチェンジともいえる。とはいえ何事も行き過ぎは禁物。ユートピアがディストピアになってしまう。美容整形で外見の若さと美しさを獲得しても、内面の整形手術はできないのだから。美しさを手に入れても、さらに手に入らないものも、それゆえに手に入らないものもある。その矛盾の中で生まれた4編の物語。アイデアも展開もうまい。でも、個人的に何より魅力的に感じたのは、容姿を自由に変えられる世界だ。それを偽りの世界だと安易に糾弾しない著者の姿勢に共感。だってやっぱり夢だもの。

横里 隆 本誌編集長。『テレプシコーラ』第2部の完結巻5巻が絶賛発売中!本誌112Pの山岸凉子ロングインタビューにて遂に第3部に関する発言が!!

簡単に叶うことの不幸

自分の好きなように身体や顔、性別までもが変えられる。美容整形技術が進んだいま、それはもう夢物語ではなく、ある程度は現実となっている。でも、お金はかかるし、失敗するかもしれないというリスクはあるし、周りの目もあるし、親からもらった身体にそんなことをしてもいいのかという心理的な抵抗もある。本作で描かれているのは、自らの容姿を変えることに一切の躊躇がなくなった世界だ。美も若さも思うままに手に入るとなった瞬間、それは価値基準からは外れる。もしくはどんどんエスカレートしていき、結局自分というものがなんだかわからないことになる。印象的だったのは、〈ストーリー3〉の香澄。彼女は好きな男性に告白するために、彼が小学生時代に好きだった女の子の顔に整形。彼との結婚は叶うが、いつまでたっても本来の自分を愛してもらえないような不安がつきまとう。この社会の中で、人は何に幸せを感じるのだろうか。

稲子美砂 連載「サプリメントフィクション」〈185P〉でも、本書と同テーマで新井素子さん藤田直哉さんが対談しています。そちらもご一読を

迷路から空へと逃げるための翼

日本は、自由になった。結婚も恋愛も親の意向から解放され、職業選択は家業に縛られなくなった。それでわれわれは幸せになっただろうか。誰とつきあってもいい、と言われても、誰がいいのかわからない。この人がいいかも、あの人はもっといいかも、いつか最高の恋人が現れるかも……恋愛は無限の迷路となり、どこまで歩いても「ここがゴール」と確信できない。職業も同じで、〝自分に合った仕事?という存在するのかどうかもわからないゴールを目指して多くの人がさまよい続けている。迷路の名は〝自己実現?。その苦しさを知っているから、われわれは本書を読んで不安をかきたてられる。外見までも自由にできる世界。それは〝本当の自分?コンプレックスに押しつぶされそうな現代日本を、見事にとらえた設定だ。そしてゴールのない迷路を抜け出すには、空へと飛ぶしかないー本書の第1話と最終話で描かれる〝翼?の意味を、じっくり考えたい。

関口靖彦 西東京の田園地帯でバーベキュー。睡眠不足に酔いが重なり、歩きながら寝て用水路に落ちた。全身ずぶ濡れ、冷たい夜風に震えました

変化を楽しむのも帰る自分がいてこそ

いつまでも若く美しくありたい。人間なら誰もが一度は夢見る願望だ。だが、その願望をすべての人が叶えてしまったら? 均一に若く、均一に美しい人しか存在しない世界で、自在に自分の容姿を、さらに性別まで変えてしまうことができたら、一体どこに自己を見出し、相手の面影を探せばいいのだろう。そうすることで内面が浮き彫りになるのか。それとも外見の変化によって内面も変わるのか。自己の存在の根とは何なのか。そもそもアイデンティティーは存在するのか。読後、心がざわついた。

服部美穂 取材でヨーガン レールの社員食堂にお邪魔しました。本当に美味しくて社員さんたちが心からうらやましかったです。いいな?いいな?

変身願望が刺激される……?

一重瞼を二重にするように簡単なものを含め、気づいたときには周りに美容整形というものが氾濫していた。本書に描かれる近未来は、実はかなりリアルなのではないかと感じる。人間関係において大きな壁になる容姿。性別や年齢すら超えた美男美女が当たり前という世界では、ナチュラルに〝いじらない?人は特異な存在になり、蔑みと憧れが入り混じった好奇な視線が注がれる。どうしても彼らに共感してしまうと同時に、私自身の変身願望を満たしてみたいという欲望がふつふつと湧いてくる。

似田貝大介 怪談専門誌『幽』14号が発売中です。伊坂幸太郎氏、熊谷達也氏、高橋克彦氏の書き下ろしを収録した「みちのく怪談」特集にご注目を

自分を変えてまでほしいものって?

2050年頃のこの世界では、アニメ顔やキャラクターなど変身レベルでのコミカルな美容整形も可能だ。その一方で、美容整形によって人生を翻弄される人間の、満たされない心の悲しみも浮き彫りになる。コドモの体と同級生の顔を手にしてまで「初恋婚」を実らせた香澄は、夫をつなぎとめたい一心で、救われない気持ちのまま「本物」に苛まれる。夢を現実にし、現実の嘘に苦しめられる悲劇がそこにある。私なら外見の美しさよりも心の穏やかさを望む。そのほうがずっと平和で幸せだと思うから。

重信裕加 宮下奈都さんの『メロディ・フェア』(60P)は自分らしさを化粧を通じて見つけていく人たちの物語。二十歳の頃のときめきが蘇ります!

欲望に忠実なほうが幸せに近いのかも

美容整形が当たり前の世界になったら、容姿のコンプレックスはなくなるけど、その分純粋にお金と中身の勝負になって、今より大分キツイことになるんじゃないかと思った。一つの問題が解決しても、結局なんらか別の問題はおこるし、悩み事は減らないし、幸せと不幸せのパーセンテージも変わらない。うーん、だったら楽しんだ者勝ちかな、とも思う。だとしたら、一番の勝者は伊荻のお父さんか。まぁ自分の父親が「ニャンダーマン」に整形していたら、膝から崩れ落ちると思うけど……。

鎌野静華 今年はなるべく規則正しい生活を心がけよう、とは昨年末にやらかした暴飲暴食を振り返っての新年の抱負。本当に洒落にならんよ、自分

常に人目にさらされる自分の欲望

読書中は登場人物の心情を思い切なく苦かったけど、段々怖くなってきた。自意識過剰なので、自分の欲望の具現化が常に人目にさらされているなんて心底恐ろしい。「私のあるべき姿はこれ(と自己認識してます)」「この姿で幸せ」ってのを不特定多数の人に見られたくない。恐ろしいし恥ずかしすぎる。いや、さらすのが普通の世界なのだし簡単に頻繁に「いじる」のだし、チンケな自意識なんてそもそも存在しないのかな。美しい世界は、大変恐ろしかった。あと、さちこはいい娘だと思いました。

岩橋真実 百人一首特集で『ちはやふる』末次由紀さんインタビューを掲載。ロングver.はWEBに! 今日マチ子さん描き下ろしにも胸キュンです

やっぱり全てを手に入れるのは難しい

理想の容姿を手に入れることで実力と結果がより問われるようになる世界。そんな世界では失うもののほうが多いように映る。本来の自分の姿と、他者への思いやり。思い描いていた幸せは何処へ? そんな世界はまっぴらごめんだと思う一方で、心がヒリヒリするのはやっぱりとも言うべきか、美しくなりたい願望が大いにあるからだろう。大切なものを見失わないように問いかけたい。その願望が何に向けられたものなのか。この問いかけの先にはきっと、それぞれの幸せの形があると思うから。

千葉美如 今年から家庭の味を作り出すべく、料理道具を大量購入。参考図書は大田垣晴子さんの新刊『うちのもの暮らし』。1月14日発売です!

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