本好きのためのユートピアだった鳥取県の「定有堂書店」の物語。消えゆく小さな町の本屋の魅力を考える1冊

文芸・カルチャー

公開日:2024/4/29

町の本屋という物語"
町の本屋という物語』(奈良敏行:著、三砂慶明:編/作品社)

 2023年4月18日。鳥取市の本屋、定有堂書店が閉店した。いまでこそ個性を前面に押し出した本屋は珍しくなく、また本屋を永続していく際に“個性”は必要不可欠になりつつある。

 そうした本屋の“個性”は品揃えであったり、店構えだったりするが、最も強く来店客の心に残る本屋の“個性”とは「人」なのだと思う。

町の本屋という物語』(奈良敏行:著、三砂慶明:編/作品社)は、定有堂書店店主であった奈良敏行氏により、1980年の開業から昨年2023年に閉業するまでの43年間の本屋への思索が綴られた一冊。店主の奈良氏は自身を文学青年と呼ぶように、本書における本屋への想いは「経営」ではなく、「場所」であり「読者」であり、「繋がり」である。

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 例えば奈良氏は本屋の仕事についてこう述べる。

“本屋の仕事は、自分の読書の楽しみの選択ではない。もっと受動的なものだと思う。読者の愉しみのために本を並べる。(中略)対話性に富んだ、豊かな営みがある”

 本屋の仕事について奈良氏は対話という言葉を使う。読者との目に見えぬ対話によって本屋の営みは豊かであると。書店員という仕事の魅力は、自分の好きな本に触れる喜びなのではない。自分が選んで並べた本を手に取りそれを買う読者の存在を知った時に初めて魅力が生まれる。本を選ぶ判断基準は自分ではなく、本を手に取るであろう読者を思い浮かべながら本を選ぶ。その仕事は本を媒介にした対話なのだ。本屋の仕事は“受動的なもの”という奈良氏の言葉は、本屋で働いていた者であるならば深く頷くはずだ。

“小さな本屋の特性は、「引き算」にあるのかもしれない”との言葉も強く心に残る。

 品揃えやサービスを削ぎ落すことは広い客層をカバーする一般的な総合書店ではなかなか難しく、大きな決断が必要とされる。しかし小さな町の本屋ではシンプルな意志決定が可能でより柔軟に変化させることができる。「引き算」をするということは「できないこと」「不要なもの」「不得意なもの」を削ぎ落すことで、自店の得意分野にリソースを集中しての一点突破を可能にする。「引き算」によって生まれた定有堂の個性は店内のミニコミ誌であったり定有堂教室であったり、本が好きな「読者」たちの「場所」であり、そして店主である奈良氏自身であったのだろう。

 また、定有堂書店のブックカバーへの思い入れの話が面白い。

 ブックカバーに対して「高度に知的な感じ」というイメージを持っていた奈良氏は、もともと“知的な人とお付き合いしたい”という本屋創業の夢を持っていたという。だからこそ「カバーをかけて」という読者が好きで、そこにシンパシーを抱いたのだという。「客」ではなく「読者」、そして同じ「本好き」へのシンパシーを「ブックカバーをかけて」というひと言で感じる、まさに本好き店主ならではである。

定有堂のブックカバーデザイン
本書のカバーを外すと、そこには奈良氏の思い入れある定有堂のブックカバーがあしらわれている。

 いつのころからか小さな本屋を「町の本屋」と呼ぶようになり、現在ではまるで消えゆく文化遺産のようなニュアンスでこの言葉が使われ始めている。しかし「町の本屋」とはいったいどんな本屋なのか? 既存の本屋の閉店が続く中、町の本屋を憂う気運も高まりつつある昨今で本書を読まれると、一般的な「町の本屋」のイメージとして定有堂を頭に思い浮かべてしまうかもしれない。

 しかし、定有堂は違う。定有堂は本好きの奈良氏自らが本屋を興し、本が好きな人たちとの場を「43年間」続けてきた、定有堂書店という本好きのユートピアなのだ。

文=すずきたけし

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