「具の9割牛タン 仙台牛タンラー油」が美味しそうすぎる。実在する《ご飯のおとも》がテーマの食堂小説

文芸・カルチャー

公開日:2024/5/1

山口恵以子のめしのせ食堂"
山口恵以子のめしのせ食堂』(小学館)

 東京メトロ東西線葛西駅から徒歩10分。住宅地にある軽食店「めしのせ食堂エコ」は一風変わったお店だ。カウンター5席の小さなお店を女将さん一人が切り盛りする食堂エコのメニューは、ガスで炊いたご飯と味噌汁2種類、そしてお酒が少々。しかしとても風変わりなのは、白いご飯と共に出される全国から取り寄せた《ご飯のおとも》の逸品たちである。

 ふりかけ、佃煮、おかず味噌から漬け物まで、ご飯と相性抜群の《ご飯のおとも》たちは、近所の水商売の女性から仕事帰りのサラリーマン、肉体労働者や夢を追う若者たちを惹きつけてやまない。それもそのはず、《ご飯のおとも》のお取り寄せには女将さんが「めしのせ伝道師」と呼ぶ日本全国のお取り寄せに精通している長船クニヒコが関わっているからなのだ。この「めしのせ食堂エコ」は今日もお腹と心を満たすため、常連たちが訪れている。

advertisement

 と、一度は訪れてみたい「めしのせ食堂エコ」だが、実は小説『山口恵以子のめしのせ食堂』(小学館)に登場する架空の食堂である。

 しかし、安心してほしい。本書に登場する《ご飯のおとも》の逸品たちは実在するのである! そして「めしのせ伝道師」の長船クニヒコ氏も実在する。本書は『食堂おばちゃん』や『婚活食堂』『ゆうれい居酒屋』といった人気シリーズを手がける山口恵以子さんによるあらたなシリーズ小説第一弾なのである。大手デパートを定年退職した主人公の女将さんは自宅を改装し小さな食堂をはじめる。それぞれ悩みや事情を抱えながらも食堂を訪れる人々たちと女将さんとの温かで軽やかな交流が織りなすエピソード。そしてお客ひとりひとりの好みとその時の気分に合わせて、取り寄せた《ご飯のおとも》を差し出すのである。

 読んでいるとお腹が空いてくる本書のなかで、とびきり食べたくなる《ご飯のおとも》が登場するエピソードは第四話「さらばブラック企業!」である。深夜12時過ぎ、最終電車で帰宅途中に「めしのせ食堂エコ」を訪れるサラリーマンの永井誠也は44歳。就職氷河期に大学を卒業するも就活が上手くいかず、30歳でようやく中堅機械メーカーに雇用された。早朝から深夜まで仕事をこなしてきた永井は休日もまともに休めたことがないほどの激務が続き、そして来週からは海外出張だという。そんな彼がいつも注文する《ご飯のおとも》は仙台の牛タン専門店・陣中の「具の9割牛タン 仙台牛タンラー油」か、静岡県下田にある焼肉Uの「ぶっかけコンビーフ」。この《ご飯のおとも》たちの圧倒的な力強さとストレートな食欲を刺激するネーミングに涎を拭う手が止まらない。そんな永井へ、果たして女将さんは厳しくも慈愛に満ちた言葉を投げかけるのであった。

 本書は山口恵以子さんおなじみの食を通じて交わされる人々の人情の機微を愉しむ「めしのせ小説」が、長船クニヒコ氏によって選ばれた物語に登場する実在の《ご飯のおとも》の「めしのせ案内」が食欲をそそる美しい写真とともに紹介される。もちろんお取り寄せできる情報も掲載されている。

 小説『山口恵以子のめしのせ食堂』は、物語に登場した《ご飯のおとも》にそそられた読者が読後にお取り寄せして逸品に舌鼓を打つことができるという、これまでにない読書体験を得られる一冊なのである。

文=すずきたけし

あわせて読みたい