2005年02月号『不思議な少年』 山下和美

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/26

不思議な少年(1) (モーニング KC)

ハード : 発売元 : 講談社
ジャンル:コミック 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:山下和美 価格:741円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2005年01月06日

『不思議な少年』1~3 山下和美 講談社KCモーニング 各609円

200502.jpg 永遠の命をもつ「少年」は、有限の命しか持たない人間に飽くなき興味をもつ。死地に赴くソクラテスや、南極探検に失敗し遭難した男など、彼は様々な時代、場所で、岐路に立つ人の前に現れ、人々の生、そして死を見つめてゆく。
 3巻収録の「末次家の三人」では、煩わしいものを避け続けることで、家族との関係を築けないでいた男が、不思議な少年の力によって自分に連綿と連なる末次家の歴史を知る。そして自分の存在、家族が、無数の出会いと別れの奇跡の積み重ねによって存在できていたことを知る。彼は新しい奇跡を積み重ねるべく、第一歩を踏み出そうとするが……。
『天才 柳沢教授の生活』で喝采を浴びた作者が、人間の光と闇、そして生について鋭く抉る。 

やました・かずみ●1959年、北海道生まれ。大学在学中の『週刊マーガレット』新人賞へ応募した「おしいれ物語」が入賞、同誌増刊号に掲載されデビュー。88年に『モーニング』に『天才 柳沢教授の生活』を連載開始。同作品はドラマ化もされ、2003年、第27回講談社漫画賞一般部門を受賞する。2001年より『不思議な少年』を『モーニング』などで不定期連載中。

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横里 隆
(本誌編集長。『不思議な少年』の中のMyベストSTORYは、2巻所収の「ソクラテス」。不覚にも涙が止まらなくなって大変だった)

不思議なのは
矛盾だらけの僕たちなんだ

タイトルは『不思議な少年』となっているが、不思議なのは、時間も空間も善悪も自由に超えて人間の生を眺めつづける超越者=少年、ではない。欲望のままに生き破滅していく人間が、最期に奏でる美しい調べを聴きながら少年は言う「人間って不思議だ……」と。彼はソクラテスからもらった、「君はたくさんの人間に出会える。通りすぎずに話しかけてやってくれ」という言葉をいだきながら“不思議”な人間たちと邂逅していく。そうして綴られた物語は深遠な問いかけに満ちている。“人間はなぜこんなにも弱く、愚かなのか”と。“いや、それを知り、それを受け入れ、それに抗うからこそ生は輝くのだ”と。そこには“癒し”も“救い”もない。ただ“圧倒的な肯定”があるだけだ。そしてそれこそが僕たちを生かすものだと教えてくれる。すごい! 小説でも哲学でも宗教でも容易には到達できない域へ著者は達している。僕は今、この本を紹介できるよろこびを噛み締めている。


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稲子美砂
(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当。)

永遠の命を持つ「少年」を
人間が超える瞬間

10編の長さは作品ごとに大きく異なっている。100p近いものもあれば、わずか35pのものも。不定期連載とはいえ、マンガの世界では異例なことだと思う。各編ともそれぞれのテーマに合わせて、山下さんが存分に腕を振るった感がある。中でも私が好きなのは「ソクラテス」と「タマラとドミトリ」。人間には限界がある。あきらめるのではなく、そんな自分の人生を受容する瞬間がこの2作には描かれている。弊誌2003年4月号のインタビューで、山下さんがヒントになった作品として、マーク・トウェインの『不思議な少年』(岩波文庫)をあげている。読み比べもお薦めしたい。


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岸本亜紀
(怪談、ミステリーを担当。『幽』2号が出ました。充実のラインナップ。真冬の怪談、なかなかいいですよ。全国書店、ネット書店で好評発売中)

少年の目を通して描かれる世界には
時代や国境を越えた「人間の真実」がある

世界はオカルトに満ちている・・・・・・。オカルトとは「隠されているもの」を意味する。それに気がつきさえすれば、世界の秘密に触れることができるし、それを芸術や作品として表現したり、チャンスや運と理解する人もいる。この本はそんな大きなテーマを、国境を越え、時代を越え、町にくらす人々の営みを通して描いていく。それぞれの人の幸せや希望を描いているのではなく、人類のそれを描いているのだ。すごい。世界の秘密を教える「不思議な少年」には名前がない。万能の神ではなく、ときに悩み、人々が織り成す奇跡や苦しみを見届ける形で存在する。きっと「不思議な少年」は自分の周りにもいるのだろう。それに気づくかどうかは、自分次第なのだ。


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関口靖彦

(毎年恒例のお楽しみ、日本ホラー小説大賞の受賞作を読了。森山東さん『お見世出し』と福島サトルさん『とくさ』、短篇集2冊がとてもよかった!)

心の深い闇の“その先”へ、
人間は踏み出せるはず

時空を越えた存在を狂言回しに据え、人間の営みを描いていく作品ということで、手塚治虫『火の鳥』や楳図かずお『おろち』を想起する向きも多いだろう。私も10代のころに両巨匠の作品に触れ、人の心に蟠る闇の深さを目の当たりにして打ちのめされたことをまざまざと思いだした。これら偉大な先行作品に対して『不思議な少年』は、より高らかに「人間への信頼」を謳ってくれていると思う。闇を見ないのではなく、見据えた上で、それを乗り越えていく力を信じている。「少年」が人間を信じるのではなく、登場する人間たち自身が、きちんと闇を乗り越えて見せてくれる。読後、読んだ者の心にあたたかな力を宿らせてくれる作品だ。


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波多野公美
(今年の目標。その1・バレエ特集を! その2・某アーティストの連載を! その3・素敵なだーりんを! 今年もどうぞよろしくお願いいたします)

3巻分で10コの違う物語が、
全部素晴らしいってスゴイ!

時間、場所、人種を自在に飛び越えて紡がれる壮大な物語に、とにかく圧倒された。1冊に3~4話ずつ収録される物語は、どれも完結していて、設定も登場人物もまったく違う。そして、どの作品も素晴らしい。これはすごいことだと思う。私が特に好きだったのは、2巻に収録されている『タマラとドミトリ』。誰からも忘れ去られた深い森の中で、たった2人きりで生きた夫婦の一生を描いた作品。子も授からず、無理やり結婚させられた夫のドミトリと暮らしたことが人生で唯一のできごとだったタマラが、最後に「それでいい それで十分」と微笑みながら思う。うらやましいほど素敵なラブストーリーでした。


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飯田久美子
(オタク特集取材のため秋葉原に3日間通いました。アンケートに協力してくださった秋葉原のイケメンのみなさん、ありがとうございました)

誰のことも肯定も否定もしない

不思議な少年

最初、不思議な少年というタイトルをきいたときなんてひねりのないタイトルだろうと思った。でも、読んでみて「これは確かに不思議な少年だ」と思った。少年は、いつもちがった国や時代で、いろんな人たちの傍らにあらわれる。そして、いつもちがうことを考えて、それぞれにちがう思いを残して消える。そのバリエーションの広さが凄い。それでいて、ひとつひとつが深い。私が1番好きだったのは「末次家の三人」という話で、誰かと誰かの出会いは何万分の一、何億分の一の奇跡だなんて、言葉にしてしまうと陳腐にもきこえてしまいそうな一言に、もう大人なのに今さら感動できるとは思わなかった。


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宮坂琢磨
(ある日、体重計にのったら、かつて見たことがない数字が現れた。どうりで歩くのがしんどいはずだ。僕、15キロの重し背負って生きてます!)

様々な出会いを繰り返す
彼をずっと見ていたい

3巻「二人のレディ・エッシャー」で、かの少年は自分のことを「見とどける者」と言った。そう、少年は空間と時間を超え、様々な人々をみつめている。人々の生の発露は、時に彼の予想をこえ、希望を打ち砕く。でも、彼はただ人と出会い、人生を見届け、その生き様を受け止めるだけだ。少年は永遠の命をもった超越した存在であるが、人の心情からも超越しているわけではない。哀しみも、憤りも、喜びも、様々な感情を抱えている。そんな、人でも神でもない少年が、これからどのような人に出会い、感じてゆくのか興味は尽きない。


イラスト/古屋あきさ

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