BOOK OF THE YEAR 2024 投票受付中!昨年の文庫部門を振り返る——あの長編小説がトップに輝く!
公開日:2024/9/4

『ダ・ヴィンチ』の年末恒例大特集「BOOK OF THE YEAR」。今年の投票は現在受付中! ぜひあなたの「今年、いちばん良かった本」を決めて投票してみてほしい。ここで改めて、2023年の「文庫」部門にどんな本がランクインしたのか振り返ってみることにしよう。
1位『正欲』朝井リョウ
2位『逆ソクラテス』伊坂幸太郎
3位『推し、燃ゆ』宇佐見りん
4位『六人の嘘つきな大学生』浅倉秋成
5位『夜明けのすべて』瀬尾まいこ
6位『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ
7位『透明な夜の香り』千早 茜
8位『リボルバー』原田マハ
9位『春、死なん』紗倉まな
10位『自転しながら公転する』山本文緒
11位『高家表裏譚7 婚姻』上田秀人
12位『それからの四十七士』岡本さとる
13位『オムニバス』誉田哲也
14位『マルチの子』西尾 潤
15位『のっけから失礼します』三浦しをん
文庫ランキング第1位は、『正欲』が獲得した。第34回柴田錬三郎賞などを受賞したベストセラー。稲垣吾郎と新垣結衣が共演した映画も大きな話題を呼んだ。著者の朝井リョウ自身「作家としても人間としても大きなターニングポイント」という本作は、私たち読者が気づかない、あるいは気づかないふりをしていた問いを真正面から投げかけてくる。社会という〝正しさ〟がいかに乱暴か。〝多様性〟がいかにご都合主義か。社会に、そして多様性に属せないと自認する人がどれほど孤独であるか。
社会の枠組み、社会が規定した価値観とは多数派、もしくは強者の理論であって、それを少数派・弱者に強要する理不尽。このテーマは、第2位『逆ソクラテス』と第3位『推し、燃ゆ』でも描かれている。前者は、第33回柴田錬三郎賞を受賞した表題作を含む短編集で、社会的な〝正しさ〟を振りかざす大人に、小学生たちが対峙する。後者は、デビュー作で第33回三島由紀夫賞最年少受賞を果たした宇佐見りんの第2作にして、第164回芥川賞を受賞した話題作だ。社会から乖離し、「なぜあたしは普通に、生活できないのだろう」と独白する主人公は、アイドルを推すことで、何とか生きるための〝背骨〟を得ている。

同様のテーマは、15位までにランクインした多くの作品にも共通する。例えば映画化が決定している3作品、第4位『六人の嘘つきな大学生』、第5位『夜明けのすべて』、第6位『52ヘルツのクジラたち』。『六人の嘘つきな大学生』に描かれた新卒採用試験の歪みは社会の歪みそのものだし、『夜明けのすべて』の美紗と山添はPMSとパニック障害のために、ときにうまく社会生活を営むことができない。2021年に本屋大賞を受賞した『52ヘルツのクジラたち』の貴瑚と少年は、虐待によって家族やコミュニティから排斥されている。

推しや就活、虐待、『正欲』に登場する小学生インフルエンサーのように、まさに今という時代を切り取った設定も、それぞれの作品の持つテーマ性をより鮮烈なものにしている。 では、これらの作品がただ社会に生きる辛さを描いているかというと、もちろん違う。『正欲』の夏月と、同じ秘密を抱えた佳道は誓い合う︱「いなくならないで」。『六人の嘘つきな大学生』は畳み掛けるようなどんでん返しの数々に息つく暇もないラストだが、そこに浮かび上がるのは、どんなに否定しても、消えることのない人の心の中の善良さである。『52ヘルツのクジラたち』の貴瑚と少年は、過酷な過去の呪縛から解き放たれ、お互いの本当の声を聴き合う。
社会がどのような形をしていても、人は生きられる、人の声に耳をすますことができる、人と寄り添い合える。希望こそが物語の本質なのだと思う。
文=松井美緒
※この記事は『ダ・ヴィンチ』2024年1月号の転載です。