登山とはひと味違う、新しいアウトドアスタイルをもたらした発起人

公開日:2013/11/17

ロングトレイルを歩く ― 自然がぼくの学校だった

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : PHP研究所
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:加藤則芳 価格:1,028円

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「ロングトレイル」という言葉に馴染みのない人も多いかもしれない。食料やテントをバックパックに詰め込み、数百km続く大自然を何日もかけて渡り歩く。広大な土地をもつアメリカで発展していった“ピーク”を踏まない山歩き文化。

著者の加藤氏は、じわじわと人気になりつつある「ロングトレイル」を日本に伝えた第一人者。持病が悪化し今年の4月に64歳で逝去してしまったが、亡くなる直前まで講演会や執筆活動において「ロングトレイル」の魅力やその重要性を伝えていた。残念ながら本書を手に取ることなくこの世を去ってしまったが、一生かけて生命を削ってでも伝えたかった「ロングトレイルへ」の熱い想いが存分に詰まった1冊だ。

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大手出版社を退社し、かねてから憧れていた八が岳山麓に移り住みロッジ経営を行う。のちに、「自然保護の父」として世界で初めて国立公園設立を提案したジョン・ミューアを心の師として敬愛し、ネイチャーライターとして日本にアメリカのトレイルを紹介することになる。本書では自身の人生を振り返りつつ、彼の理念を客観的に語りながらも木や動物、美しい野山の景色を語る場面では丁寧かつ細かい描写で書かれているのが印象的。読み手にも自然に対する深い愛情が伝わってくる。

アウトドア好きな筆者も、実は加藤氏の書籍に感銘を受けたひとり。彼が生涯かけて愛した自然を見るためにこの夏アメリカの「ロングトレイル」に挑戦してみた。ロングとつくだけに歩行距離がとても長い。私の場合は総距離265kmを21日間かけて歩いたのだが、最初の1週間はただただ辛かった記憶しかない。荷物は重く、足裏に10もの水ぶくれができる。限られた食料で常に空腹だったし、熊の脅威にもさらされていた。

しかし、数日経過して歩くこと事体が“非日常”から“日常”へと変わると、アメリカの大地がわが家になる感覚を感じ取ることができた。その感覚はたぶん、自由を感じられるということから来ている。眩しい日射しと真っ青な空、どこまでも続く山嶺と途中にある宝石のように点在するキラキラした湖や川。贅沢にもすべての景色を独り占めすることができるのだ。そして疲れたら好きな場所にテントを張り眠る。寒ければ枝をくべて焚き火をする。時間があれば魚影がちらつく川で釣りをする。まさに誰もがうらやむ理想的なアウトドアライフが送れるうえに、自分の家にいるように居心地がいい。

しかし、森でハイカーが生き生きと過ごすことを可能にするしかるべき理由がある。アメリカの国立公園では入山規制と規則管理を徹底して実施している。ルールを破る者は追い出される場合もある。だから富士山のように大挙して人が押し寄せることは決してない。そこが日本と違う点であり、自由を感じられる理由である。

「ロングトレイル」の別の利点は、補給や休養目的でハイカーが麓の街に下りた際に、地元の文化や人々に触れ合うことにより地域活発のサイクルが生まれる。この合理的なシステムを日本の地域発展にも役立てないかということで、加藤氏は亡くなる直前まで日本におけるロングトレイル設立に助言を惜しみなく注いできた。東日本大震災の復興として現在、整備されている全長700kmの北三陸の「みちのく潮風トレイル」も彼が携わったトレイルのひとつである。

アメリカ人の自然保護への熱心さを目の当たりにすると、日本人の国立公園に対する意識の低さに悲観せざるをえない。「自然を愛することによって、自然を守ろうとする意識が芽生える」ジョン・ミューアのこの言葉を胸に加藤氏は「ロングトレイル」の魅力を伝えてきた。これを日本に導入することで地域活性、自然保護がおのずとできるサイクル作りを目指す。本場のようにはいかないかもしれないが、日本古来の四季折々の美しい自然と文化を守り、地方が活性化する最善の方法を考える余地はまだまだあるだろう。そのことを本書は教えてくれる。


国立公園を世界で初めて設立したのは当時の大統領、セオドア・ルーズベルト。いち市民にすぎなかったジョン・ミューアの理念が大統領をも動かす歴史的瞬間

特に著者が好きだったブナの木を詩的に表現して、いかに木々を敬愛しているか伺える

ジョン・ミューア、著者が歩いた世界的にも有名なロングトレイルは、カルフォルニアの大自然のなかを縦断する

「みちのく潮風トレイル」は青森県八戸市蕪島から福島県相馬市松川浦を結ぶ、700kmにおよぶトレイル。震災の復興を目的とした三陸復興国立公園もコース含にまれる