楽観論と悲観論。両方を読んでからこそ心構えができるのかも

ビジネス・社会・経済

2011/7/15

暴走する原発 チェルノブイリから福島へ これから起こる本当のこと

ハード : PC/iPhone/iPad 発売元 : 小学館
ジャンル: 購入元:電子文庫パブリ
著者名:広河隆一 価格:1,123円

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スペインでも東日本大震災のニュースは発生当時から非常に細やかに報道されてきました。震災から4ヶ月経った今でも、仕事仲間や友人たちとの話題に上ります。皆、口を揃えて「で、フクシマはどうなってるの? まるでニュースが入ってこないけど」と言われることも頻繁。インターネットがあるとはいえ、あまりに事後のニュースが少なすぎるという実感は海外にもあります。

スペインでも早速原子力安全委員会が震災後、国内原発のストレステストを行いました。原子力安全委員会のメンバーが「スペインの原発は地震のない場所を選んで作っているので安全です」というのを聞くと複雑な気持ちになります。今年に入って、70年代に作られた原子炉の廃炉を巡り、原発労働者がラップで(!!)反閉鎖を訴えて話題になったり、45年前に米軍機の事故で原爆が「誤って」落ちて被爆した村でのんびりと農業が営われている姿を見ても、スペインでの放射能に対する危機感というのは日本のそれと比較できない感覚であることを痛感します。
  
反原発急進派の広河氏のこの本、スペイン人、ヨーロッパ人が読んだら何と言うだろう? と考えながら読み進めました。
  
放射能の怖さは、それ自体の怖さ、そして情報を操作されているという状況からくる怖さも多々あります。著者が激しく糾弾するのは、報道が完全に政府や原発支持派のコントロール下にあるということ。
  
著者は震災翌日に早速現場へ放射能探知機とともに駆けつけます。検問で止められるのを覚悟をしながら原発付近の町まで近づくと、チェルブイリの取材で使っていたこの同じ計器が振り切れてしまう。同行した人のさらに高度な計器の針も振り切れてしまう。その高い数値の中に避難所が設置されているケースを発見し、責任者に通告する。その後、この避難所も他の場所へ移されるのですが、「パニックを避ける」という大義名分のもとに情報が隠され、「ただちに健康に影響はない」という繰り返される言葉でなんとなく安心してしまう。政府や役所に頼らず、市民の手による食品放射能検査所を設けるべきだと著者は主張します。
  
本書は事故以来、50回も訪れたチェルノブイリでの詳細な記録が主体になっていますが、あの事故から私たちは何を学ぶのか。広河氏は、出演したラジオ番組でこのことを聞かれ、「学んだことはひとつも思い当たらない」と答えています。
  
つまり、彼にとってはチェルノブイリ事故の事後処理の仕方と日本政府の今の対応は変わらないということ。チェルノブイリ付近の村人たちは今飢えて死ぬより、数年後、十数年後にガンで死ぬほうを選ぶといって、検査値の高い食品を食べているというくだりも胸に突き刺さりました。結局、誰もが日々自分の生活で「できること」をしてゆくしか、原発収束への道はありません。不安を掻き立てられる内容ではありますが、こうした意見も読んでおくことも、心構えのひとつになるかと思いました。怖いです。

著者は政府が定めた子供に対する「年間20ミリシーベルト」までの被爆許容量自体に疑問を投げかけます

「危機管理とは最悪の事態に備えることで、希望的観測のなかでつじつまを合わせることではない」の一文が光ります

著者の心配は、もちろん浜岡原発にもおよび…

震災翌日、原発至近の町でのレポート

計器が振り切れるほどの放射能でも、住民たちには知らされず。町に入ろうとする車が後を絶たなかったとか