2010年01月号 『船に乗れ!』藤谷治

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/5

船に乗れ!〈1〉合奏と協奏

ハード : 発売元 : ジャイブ
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:藤谷治 価格:1,728円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『船に乗れ!』 I合奏と協奏 II独奏 III合奏協奏曲

藤谷 治

●あらすじ●

僕=津島サトルは新生学園大学附属高校音楽科チェロ専攻の高校1年生。音楽一家に生まれ、芸高受験に失敗し進学した学校で、彼はヴァイオリン専攻の南枝里子に恋をする。南や、フルートの伊藤慧、ヴァイオリンの鮎川千佳、ピアノの北島先生、倫理の金窪先生といった魅力的な人たちと、オーケストラ発表会や文化祭など、音楽とともにつづられる学校生活をおくるサトル。南との交際も順調に進むが、2年生になり、ドイツへの短期留学を経て帰国した彼を待っていたのは思いもよらない状況だった。「あの頃の僕は、もういない。僕はこれから、もはや存在しない人間について書くことになるわけだ」(㈵冒頭より)。青春の苦味と輝きを、音楽科高校の日々を縦糸に、少年の苦悩を横糸に、陰の主役を“音楽”にして描き出した、傑作3部作。

ふじたに・おさむ●1963年、東京都生まれ。洗足学園高校音楽科、日本大学芸術学部映画学科卒業。2003年『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』でデビュー。著書に『いつか棺桶はやってくる』ほか多数、共著に本書のスピンオフ物語が収録された『青春音楽小説アンソロジー Heart Beat』がある。

『船に乗れ!』
ジャイブ 各1680円
写真=森 栄喜
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編集部寸評

音楽の神に選ばれなくとも

誰がために音楽は奏でられるのか。誰がために哲学は問い続けるのか。それらはひと握りの天才や超人のために存在するのではなく、耳を傾け、問い続けるすべての人々のために在る。そのことを強く感じた。主人公のサトルは幾度もの挫折を経験するが、すなわち僕らの人生がままならないことを確認させてくれる。そう、ありとあらゆる事象は大抵ままならない。初恋が実らないのも、幼い頃の夢が叶わないのもよくあること。その痛みを受け止めて、それでも僕らは社会という大海原に漕ぎ出さねばならない。何時どの港に着くのかはわからない。漂い続けることもあるだろう。しかし僕らは船に乗る。音楽の神に選ばれなくとも、哲学の神に愛でられなくとも奇蹟は起こる。そして生きていける。『㈽』で描かれた二度の奇蹟に涙が止まらなかった。

横里 隆 本誌編集長。最近、歳のせいかすっかり酒に呑まれるように。ご迷惑をお掛けした皆様にこの場を借りてお詫びを……

自分の青春時代に思いを馳せる

本を読みながら、聴きたくなってしまった曲は数知れない。紙面から楽器の音色が聴こえてきそうなほど、音楽の魅力がさまざまな方法で表現されていて、そこにまず圧倒された。著者の藤谷さんは主人公同様、小さなころから音楽に触れ、チェロを学び、音楽留学の経験もあるという。青春時代を費やした、その音楽への思いがこの小説の中に溢れていて、その力強さが読むものを惹きつける。サトルの頭でっかちな青臭さには自らの若かりし頃を重ねて、本当に自分は何もわかっていなかったと懐かしく振り返る人も多いだろう。何かに打ち込みたくてもそれすら見つけることができなかった人にも、ぜひ読んでほしい。読めば、その理由はきっとわかる。通読してから㈵の序章を再読すると、著者の気持ちがさらにじんじん沁みる。

稲子美砂 青春時代が懐かしくなった人は、豊島ミホさんの『リテイク・シックスティーン』『やさぐれるには、まだ早い!』をぜひ

面白みてんこ盛りで一気読み!

音楽って素晴らしい! 本を読んで自分も音楽をやりたくなった(昔とった杵柄)。物語は名門の遺伝子を確実に受け継いだサラブレッドの僕が主人公の青春小説だ。頑張る環境も、楽しむ環境も、苦しむ環境もすべて用意されたお坊ちゃま。鼻持ちならない彼だけど、所詮は17歳。大人でも子どもでもない、その宙ぶらりんな中で悲劇も喜劇も体験していく。クラシックを知らなくても、文中で描かれる作曲家のウンチクで楽曲の楽しみどころがよく分かるし、オーケストラがスポコンだということや、私立の音楽学校の様子やアンサンブルやカルテットのような演奏スタイルの楽しみや、音楽は神様からのギフトであるということも物語で知ることができる。主人公の初恋は、かなわないと知りつつも、かなえてあげたかった……。

岸本亜紀 『幽』12号は11日発売!お楽しみに。恩田陸『私の家では何も起こらない』1月8日発売予定。大田垣晴子の新刊も発売中〜

航跡は消えてはいない

青春とは、“思い出”だと思っていた。振り返って見たときにしか、存在しないような。現に本作は、もう大人になった現在の主人公「僕」のモノローグで始まり、彼が過去を振り返るかたちで、かつての青春を語っていく。痛みも罪も、過去のこと……そう思って読み進めていた私は、物語のラストで虚をつかれた。ふたたび現在のモノローグで「僕」は言う。「あの頃の自分を思い出す前には忘れていたことが、思い出ではなく、今もここにあるのを感じる。つまり、あれから何年もたった今も、船はまだ揺れているのだ」。ああ本当にそうだと思った。自分の青春時代の大半は忘れたつもりでいたが、でも確実に現在につながっている。知らないふりをしていただけだ。航跡はやがて波にまぎれて見えなくなるが、決して消えはしないのだ。

関口靖彦 映画『アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち』に感涙、一生メタルでいることを心に誓う。思い出にはしません

通過しなくてはいけない時間

近年残念なことのひとつに「自分探し」が蔑まれてることがある。“本当の”夢とか生きる意味とか考えてばかりで身動きできなくなったり、「特別」でありたいと願ったり……。過ぎてしまえば遠い熱病のようで気恥ずかしいけど、青春と呼べる時間の大半は「悩む」ことでできている。本書には、大人なら難なく通り過ぎられることに悩み迷うことの、カッコ悪さと切実さが綴られていて、ザ・青春小説を読んだなあと思いました。

飯田久美子 金窪先生がすごく好きでした。2巻でも3巻でもかっこいい。ところで、ぎっくり腰になってすごく痛いです

読むたびに揺さぶられる小説

に乗れ!』第1部を読んだ時、藤谷史上最高傑作の予感!と思い、泣きながら3部作を読了した瞬間、それは確信に変わったcolor: #AC0020;。人生には、瞬時に心の奥深くに悲しみを刻みつけられるような出来事が起こる。その瞬間、“青春時代”は終わりを迎える。しかし、羅針盤を失ってぐらぐらと揺られながらも、船は進んでいる。過去は消せないが、自分が見失った航路の先にいる人や世界と、またつながることはできるのだ。

服部美穂 今月号「裸ノ顔」奈良美智さんの誕生日はなんと本誌発売日の12月5日! 奈良さんお誕生日おめでとうございます!!

なにかに夢中になっていた時代

僕も津島サトルと同じだ。なにもできないくせに、自分にはなにか違うものがあると信じていた。地球が滅びても自分だけは奇跡的に助かり、最後の人類になってしまうのではないかと妄想にふけった。だがそれは、いま思えば他愛もない挫折によって簡単に引き裂かれた。そんな経験の連続によって、それなりに成長しているものだと気がついた。恥ずかしいほどに純粋な時代が、聞いたこともない音楽とともに溢れてくる。

似田貝大介 『幽』12号がまもなく発売。第4回『幽』怪談文学賞&第1回『幽』怪談実話コンテストも決定。詳しくは本誌224頁へ

あらためて小説ってすばらしい

中学の頃、クラリネット奏者になりたいと思ったことがある。読みながら、木管楽器の匂いや早朝や放課後の部室や教室、当時のいろんな記憶が鮮明に溢れ出て来た。合奏シーンでは胸が熱くなり、サトルの痛みに早まる鼓動が抑えられなかった。一生懸命だったあの頃を懐かしく思った。偶然だが、先日女性クラリネット奏者が新聞に載っていた。南に良く似た二つ上の先輩だった。続ける意思、その努力と情熱に溜め息が出た。

重信裕加 この小説に出てくる倫社の教師・金窪先生の、その後が気になります。こんな先生に出会いたかったなぁ


臨場感にドキドキしました

合奏の描写がとても素敵だった。全身に緊張をみなぎらせて共演者の音を追いかけたり、重なり合う一つの音を出す為に、互いの気持ちを同じくしたり。レベルは違えど、楽器に親しんでいる人ならば、覚えのある感覚。私も趣味で楽器を習っているので、そんなぞくぞく感がリアルに蘇った。高校生の津島くんにとって、大人への道のりは長いけど“音楽の楽しさを知っている”ことは津島くんの大きな味方になると思う。

鎌野静華 オードリーのお二人がダ・ヴィンチ初登場。若林さんが手掛けた岡本太郎さんの文庫帯がすごくよい。さすが帯収集家!

誰もが通りすぎた自分だけの道

人それぞれに、大人になる瞬間がある。何かの一線を越え、知ってしまった、という瞬間。それは決してきれいなものじゃなくて、じくじくと痛み、どんなに時が経っても美化できないもの。だけど確かに、必要だったもの。サトルはそれを音楽を通じて知っていった。わたしは音楽なんて知らなかったけど、彼の体感した感情は、どれもこれも知っている。だからだろうか。読み終えたとき、切なさといとおしさがこみあげたのは。

野口桃子 新宿駅で、自称プロのスリ(中国系)に「鞄の持ち方が危ない」と注意された。彼はそれで一軒建てたとか。色々びっくり


無力さと向き合って生きること

人生、どうしようもないことだらけだ(サトルと枝里子について今の「僕」がいうように)。それこそ自分もサトルと同じく無根拠な万能感、優越感を持つ時期を経て、目の前で泣いている人ひとりに何もしてやれない無力感に打ちひしがれて、それと折り合いをつけ生きている。枝里子の“本能”の決断は泣けた。青春時に比べ喪失の埋め立てが哀しいことに上手くなっても、誰しもきっとそうだから、本書はあなたの物語、なのだ。

岩橋真実 好きな人と同じ舞台の高校文化祭っていいですよねー。講堂のカーテンの陰で緊張をなだめあったり。すみません妄想です

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