【ダ・ヴィンチ2015年7月号】今月のプラチナ本は『持たざる者』

今月のプラチナ本

2015/6/5

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『持たざる者』金原ひとみ

●あらすじ●

生後2カ月の娘の被ばくを恐れて妻に避難を強要し、軽蔑され離婚に至り、仕事まで手につかなくなってしまった夫。親として完璧に責務を果たしながらも、最愛の息子が抗いようもなく突然死んでしまったことに、自らの業を感じている母。娘とともに海外避難した母が、言葉の通じない地で直面する、様々な現実。海外駐在先からマイホームへと念願の帰国を果たした妻を打ちのめす、親類による寄生。震災から2年半後、「事故」によって「世界が変わってしまった」4人の、複雑に絡み合う心の崩壊と再生を描く長編小説。

かねはら・ひとみ●1983年、東京都生まれ。作家。2003年『蛇にピアス』ですばる文学賞を、翌年には同作で第130回芥川賞を受賞。ベストセラーとなり、各国で翻訳出版されている。10年『TRIP TRAP』で第27回織田作之助賞を受賞。12年にパリへ移住し、同年『マザーズ』で第22回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。話題作を刊行し続けている。

金原ひとみ 集英社 1300円(税別)
写真=首藤幹夫

編集部寸評

 

甘くない、しかし確かな希望の物語

本書の第1章では、原発事故をきっかけに妻子と別れ、仕事も手につかなくなった男が描かれる。だが本書は原発問題に焦点を絞った小説ではなく、より広い意味での“事故”に遭った人々の姿を浮かび上がらせる。第1章の男にしても、原発が爆発したこと自体よりも、順風満帆だった家庭と仕事があっけなく吹き飛んでしまったことのほうが事故であるし、その他の章で描かれるのは、家族の突発的な死や、異性との突然の出会い、安らげるはずの家庭への闖入者といった事故だ。事故はいつでも、誰にでも起こり得る。そしてしっかり持っていたつもりの日常と未来は、いとも簡単に崩れ去り、人は“持たざる者”になってしまう。それは絶望に見えるが、むき出しになった自分はとにかく新たな一歩を踏み出さざるを得ない、という意味で確かに希望なのだ。

関口靖彦 本誌編集長。希望という言葉、いつの間にか「願えばかなう」くらいの甘っちょろいイメージに堕してしまった気がします。もっとひりひりと、むき出しの肌を焼くような希望がここにあります。

 

持たない強さ

「出産や移住など、さまざまな理由で書けなくなって、自分が本当に何も持たない生身の生き物であることを実感しました」(金原さんのインタビューより)。震災はこうした実感を多くの人に抱かせた出来事だったと思う。いくらお金を貯めても社会的な地位を得ようとも、また愛する人と家族を作っても、それは拠り所にはなるが、同時に失う怖さも抱えることになる。本作の登場人物たちにふりかかるさまざまなアクシデント。逡巡しながらも行動する彼らを見ていると、そこに価値観の相違はあれど、勇気づけられたことはたしかだ。いくら準備をしても予定を立てても、かえってそれが足枷になることもある。持たないという選択をするためには覚悟と自信がいる。でも、生きていくために必要なのはそういった精神なのではと強く感じ入った次第。

稲子美砂 又吉直樹大特集、多くの方にご協力をいただき、盛り沢山な内容になりました。WEB『ダ・ヴィンチNEWS』に後輩芸人鼎談の別バージョンもアップしていますので、そちらもぜひ!

 

共感するのは、きっと私も「持たざる者」だから

震災から2年半後、それぞれの日常を生きる主人公4人を描いた本作。修人は震災を機に妻とすれ違って別れ、千鶴は愛息の死を引きずっている。朱里や千鶴からすれば嫉妬と憧れを感じさせ、はたから見れば自由に生きているようにみえるエリナは、自分で自分の人生を生きている実感が持てず、いいようのない虚無感を抱いている。一般的な家庭の主婦で、自分の目指す家族生活のイメージが明確にある朱里は、一喜一憂が激しいが、おそらく読者がもっとも共感でき、実は自分で世界を変えられる人なのではないか。誰もが何かにとらわれて生きていて、そして、その〝とらわれ〟から自由になって生きるのはとても難しいとあらためて思わされた。だからこそ、タイプの違う4人皆に共感できた。自分を「持てる者」とは思えなくなった大人のための物語。

服部美穂 第2特集『海街diary』を担当。奇跡の四姉妹グラビアの美しさに驚愕。必見です! そして『海街diary』を「ローカル」で読み解くと面白いことがわかりました。ぜひご覧ください!

 

そぎ落として残った大事なものは?

震災や子どもの死、人との別れや出会い。誰にでも起こりうる、でも抗いようのない一瞬を経験することにより、平穏な生活、考えていた未来が、自分の意思とは関係なく変化していく。登場人物たちは、様々な喪失感をかかえ葛藤する。この作品を読んで、震災のときに、今後どう生きようかと考えていた自分を思い出した。そして改めて、自分が今持っているもので無くすかもしれないものを確認した。無くすことを恐れるほど大事なものが自分にあったことは幸せかもしれない。

鎌野静華 校了が終わったらベトナムの世界遺産・ホイアン近くでビーチバカンスの予定! ここ数年、意識的に欲望に忠実に生きている。……遊びたいだけだが。

 

次は自分の番かもしれない。備える小説

刺激的でカラフルな人生。退屈だけど悪くない日常。隣のシバは青いけど、自分で決めた道だもの……と思っていたら、そのレールから見事に外れてしまったのが本作の主人公たち。描いていた未来像が、あざ笑うように霧散していく恐ろしさ─。4人を襲った大きなうねりに胸をかき乱される一方で、自分の日常に改めて思いを巡らせながら読了。本を閉じると、彼らの人格の一端がクリアに私の中に宿っていた。得難いモノサシを与えてくれる、とても実用的な小説だと思います。

川戸崇央 原発が登場する物語に触れるのは正直、痛い。私が生まれた1986年はチェルノブイリの年でしたが、放射能についてちゃんと考えたことが未だにない。

 

理由のない苦しさを飲み込む

毎日「前向き」に、「生き生きと」生きていくって大変なんだな、とこの歳になってようやく感じる。指針がないと、しんどい。でもそれが何かわからない。油断すると大きな虚無感に襲われる。急な地震に怯える度に、私は平穏な毎日を過ごせることに感謝するのに。海外で自分が「何者でもない」ことをはっきり自覚するように、本書では「人は持たざる者である」ことを提示する。日々感じる苛立ちや不安やアンバランスな感覚を、本書はぐっと飲み込ませてくれたように思う。

村井有紀子 大泉洋さん著『大泉エッセイ』文庫版も10万部突破! 校了まで走った自分へのご褒美で、自分で温泉旅行を計画するもリスケの嵐。リベンジを〜(涙)。

 

日常がひっくり返る何かが起きたとしたら

私の人生の判断基準って何だろう。ともに生きる愛する人たちの気持ちか自分の信念か。どちらも大事にしたいけれど、もし互いにどうしてもかみ合わなかったら? 選択肢すらない状況だったら? 実際そうなってみないことには答えは出ないのだが、登場人物たちの多様な価値観と生き方に触れれば触れるほど、自分の場合どうなのかを深く考えさせられる。「他者」そしてその集まりである「世界」を生きていくうえで、いま、改めて自分と向き合いたい人におすすめの一冊。

地子給奈穂 初めてお会いする方にご挨拶をするたび、お約束のように珍しい苗字の話題で盛り上がります。5月の最高記録は一日に3回! じしきゅうです。

 

人間は本来こういう存在なのかも知れない

「世界が変わる」ような出来事に直面する、四人の登場人物たち。その視界が反転する感覚のリアルさに、とにかく打ちのめされた。正直私自身は、震災時ナーバスになる人たちを冷めた目で見ていた口だが、放射能汚染を恐れる修人の狂気染みた描写はまさに真に迫っていて、「これが人間として当然の反応なのかも知れない」と思わされた。存在を根幹から揺さぶられ、全てを失くして“持たざる者”となったとき、人はどんな姿を見せるのか。それが克明に描き出されている。

鈴木塁斗 髪が伸びたから、というだけですが、人生初「斉藤和義さんに似てる」とのコメントをいただきました。あんな風に恰好よく歳を取れたら死んでもいい。

 

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