吉田松陰を筆頭に、長州藩は「テロリスト集団」だった!? 明治維新を全否定、 賛否両論の渦を巻き起こした話題のベストセラーとは?

社会

2017/6/16

『明治維新という過ち~日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』(原田伊織/講談社)

 2007年4月14日、選挙応援のため福島県会津若松市を訪れた安倍晋三首相は、演説の中で「先輩がご迷惑をおかけしたことをおわびしなければいけない」と、会津の聴衆に謝辞を述べたことがニュースになった。

 山口県出身である安倍首相の「先輩」とは、長州藩の志士たちである。幕末期、長州藩は会津藩を目の敵にした。あえて謝罪したのは、未だに山口県民に対する反感が、会津若松市の人々の間に根強いと知ったからだ。それほどまでに長州藩の行いは、忘れがたき蛮行として会津の人々の心にしみついているのだ。

 ではいったい長州藩とは、どんな人物たちの集まりで、明治維新は何をもたらしたのか? 教科書や時代劇では描かれない、幕末史の実像に挑んだ渾身の書が、『明治維新という過ち~日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』(原田伊織/講談社)だ。

 本書は、初刊本が2012年に発売され、2015年に改訂増補版が出るや、歴史書としては異例の10万部以上のベストセラーになった話題の書で、その文庫化である。

 著者の論旨は、書名がまさに簡潔に示す通りだが、中でも著者が筆鋒(ひっぽう)鋭くその人物像に切り込むのが、吉田松陰(1830-1859)である。

 公教育で教えられるその人物像は、長州藩を中心とする維新の志士を多数輩出した、松下村塾(しょうかそんじゅく)の主宰にして、維新の精神的支柱となった思想家・教育者。正義を貫き「安政の大獄」の犠牲になった悲劇の人物、というものである。しかし、著者によれば、実像はまったく違うとしてこう記す。

ひと言でいえば、松陰とは単なる、乱暴者の多い長州人の中でも特に過激な一人にすぎない。(中略)思想家、教育者などとはほど遠く、それは明治が成立してから山縣有朋(やまがたありとも)などがでっち上げた虚像である。(本書より抜粋引用)

 そして、2015年にユネスコ世界遺産に登録されたこの私塾のあり様は、大河ドラマ『花燃ゆ』(2015年)などが描くような真剣な学び舎などではなく、門下生というより“ダチ”的な感覚で高杉晋作らが集まり、「尊皇攘夷論」で大いに盛り上がる場だったようだ、と著者は記す。

 著者が問題視するのは、そうした私塾での談論風発の場を中心にして松陰は、北方から南方アジアまでを広く日本の支配下に置く構想を、長州藩を中心とする志士たちに植え付けたとすることである。その帝国主義的な発想はその後、明治維新によって薩長の世となって帝国陸軍の中核へと引き継がれ、第二次大戦での敗戦に繋がる。さらに終戦後の米国による、日本の植民地化とでもいうべき骨抜き政策が、現在の自立できない日本の混迷に繋がっているという。

 日本の近代化の立役者として、美化される幕末の志士たちと明治維新。しかしその激動の時代を支えたのは、愛国、尊皇といった崇高な精神ではなく、エゴと暴力が充満したテロリズムだったと告発し、ファンも多い「司馬(遼太郎)史観」への反証も試みる本書。歴史を違った角度から考えてみたいという方は、ぜひ、本書をひもといてみてはいかがだろうか。

文=未来遥