『猿の惑星』は本当に起こりうる? チンパンジーとの違いはわずか「1.6%」! 人間の本質に迫る!

科学

公開日:2017/10/7

『若い読者のための第三のチンパンジー』(ジャレド・ダイアモンド:著、秋山 勝:訳/草思社)

 10月13日に公開される『猿の惑星:聖戦記』。これまでの「猿の惑星シリーズ」を見ていると、登場するチンパンジーたちに親しみがわく瞬間が何回かあった。「まるで人間みたいだな」と。ところが遺伝子の視点から見ると、人間とチンパンジーの違いは約1.6%しかない。人間とチンパンジーの遺伝子は約98.4%が共通しているのだ。まるで人間みたいなのだ。

 では、なぜ人間とチンパンジーにはこれほど明確な違いがあるのだろうか。『若い読者のための第三のチンパンジー』(ジャレド・ダイアモンド:著、秋山 勝:訳/草思社)より、その理由をほんの少しだけ覗いてみたい。

 本書は、人間を「第三のチンパンジー」と見立て、人間と類人猿をあらゆる生物学的な観点から見つめ直し、「人間とは何か?」という答えに迫ろうとする1冊だ。筆者のようなクルクルパーにも分かるよう非常にかみ砕かれた内容で解説しているが、いかんせん学問の分野なので、本記事で本書をまるっと紹介するのは不可能。そこで「人間とチンパンジーの違いは何か?」という部分にだけしぼってご紹介したい。

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■たった1.6%の違いで

 そもそもなぜ本書は人間とチンパンジーで比べようとするのか。そのために高等霊長類の系統樹について説明しよう。約3000万年前、ユーラシア大陸やアフリカ大陸でサルから類人猿が分岐した。このとき、類人猿とヒトの遺伝子の相違率は約8%。まさにヒトの祖先だ。その後、類人猿はテナガザルの系統と分岐。約1000万年には、類人猿はゴリラの系統と分岐。そして約700万年前、類人猿はヒトの系統とチンパンジーやボノボの系統に分岐した。つまり、人間に最も近い動物はチンパンジーやボノボなのだ。遺伝的距離で見れば、チンパンジー・ボノボ・ヒトは同属に扱われるべきで、ヒトは第三のチンパンジーなのだ。アホなたとえをすると、チンパンジーは親戚のおじさんという感じだろう。

 そう考えると人間は非情だ。親戚のおじさん的立ち位置にいるチンパンジーを動物園の檻に閉じ込め、人間の見世物にしている。同じようなことを人間にすれば、たちまち非人道的だと非難を受ける。一方、人間に最も近いという理由で研究者たちはチンパンジーに医学実験を繰り返している。致死性のウイルスをチンパンジーに注射し、一生出られない檻の中で実験を受けながらじわじわと死んでいく。たった1.6%の違いで、チンパンジーは非人道的な扱いを受けている。しかしそういったことをしないと私たちの幸せが成り立たないのも事実。特に医学実験に関しては、私たちの生命に関わる問題なので、不快に感じても「やめろ」とは言えない。人間は同属のチンパンジーに対して非情だ。

■人間とチンパンジーの決定的な違い

 それでは、人間とチンパンジーの決定的な違いは何だろうか。なぜチンパンジーはヒトのようになれなかったのだろうか。この説明をするため、本書ではアウストラロピテクス・ロブストゥス(頑丈な猿人)、アウストラロピテクス・アフリカヌス(アフリカの南の猿)、ホモ・ハビリス(器用な人)など、人類の進化の歴史を説明し、結論に結び付けている。しかし本記事でそんなことをやってしまうと紙幅が尽きるので、結論から先に言おう。人間は「イノベーション(革新性)」を生みだすための能力を持っていた。このイノベーションとは、船による交易、狩りに使いやすい道具、芸術など、いわゆる高度な文明のことだ。このイノベーションは、チンパンジーに生みだすことはできない。なぜなら会話をすることができないからだ。

 類人猿は約3000万年前から存在しているが、その発達は非常に緩やかなものだった。ヒトに分岐し、直立歩行するようになっても、それは一緒だった。ホモ・ハビリス(器用な人)が道具を使うようになろうが、現代人より脳が約10%大きいネアンデルタール人が誕生しようが、粗末な道具で小動物を狩り、粗末なねぐらで暮らしていたのだ。しかし約6万年前、ヒトに小さな変化が生まれ始める。繊細な発声をコントロールする喉頭、舌、もろもろの筋肉の構造が発達し、言葉が話せるようになったのだ。遺伝子上ではたった0.1%ほどの違いだが、これが劇的な変化を生む。言葉によって仲間とのコミュニケーションが取れるようになり、狩りの段取りや道具のアイデアを出し合えるようになる。言葉があるから1人で「良い道具とは何か?」と考えることができるようになる。言葉によってヒトは「動物」という枠組みから自由を獲得したのだ。

 数百万年かけてゆっくり進化してきた人類だったが、言葉を手にした以降のヒトは、たった6万年で言葉を発達させ、次々と発明(イノベーション)を生みだし、現在の高度な文明を作り上げた。これが人間とチンパンジーの決定的な違いである。ということは、チンパンジーが喉頭などの諸器官を発達させて言葉を生みだせば、人間的な発達もありうる……かもしれない。「猿の惑星」で見られるような人間とチンパンジーの衝突も現実になりうる……かもしれない。本書を読んだ筆者は、途端にこの映画にリアリティを感じた。あれは未来の地球ではないだろうか。まあ、遺伝子の変化は非常にゆっくりとしたものなので、今を生きる現代人にはほぼ関係のないことではあるが。

文=いのうえゆきひろ