お金を払って女の子から対価を求める、哀しい「おじさん」たち…元AV女優にして、元日経記者による可笑しくも切ない「おじさん」エピソード

社会

2017/10/7

『おじさんメモリアル』(鈴木涼美/扶桑社)

 風俗店やAVで体を売り、お金を稼ぐ女の子たちは数々のメディアで報道されてきた。手軽なアルバイト感覚で性産業へと足を踏み入れていく女の子たちの姿は、確かに衝撃的な現代の縮図ではある。しかし、インフレ化した「売春の報道」が、どこか違和感を漂わせているのはなぜだろうか。

 それはおそらく、報道の大半に男性目線で女の子を糾弾するような眼差しが込められていたからである。『おじさんメモリアル』(鈴木涼美/扶桑社)は体を売る女の子からの目線で、体を買う男性の実態を記していくコミカルなエッセイだ。そして、ここには容赦ない「おじさんの悪口」がある。女の子たちの辛口は痛快である一方で、「おじさん」たちは強烈なカウンターパンチを食らわされた気持ちになるだろう。

 著者は慶應大学在学中からキャバクラ嬢やAV女優を経験し、卒業後は5年半新聞社に勤めた後、文筆家として活躍するようになる。異色の経歴を活かし、『日刊SPA!』で連載していた内容に加筆・修正・書き下ろしを加えたのが本書である。著者の実体験はもちろん、友人たちから寄せられた可笑しくも切ない「おじさん」エピソードがずらりと並ぶ。

 本書に登場する「おじさん」たちの特徴は、お金を払って女の子から「対価」を求める点にある。風俗やキャバクラの客は分かりやすいが、中には店外で女の子とデートしようとする「おじさん」も少なくない。そして、店外デートにおける「おじさん」と女性の感覚には天と地ほどの差がある。著者の友人、カオリさんは「直引き」で高収入を得ていた売春婦だが、たまにセックスなしで食事やデートだけを要求し、交通費を払ってくる「おじさん」も存在した。「おじさん」たちは体の関係を伴わない時間で、恋人気分を満喫している。しかし…

カオリの論理は違う。普通ご飯2時間ホテル2時間で6万円ならば、ご飯と遊園地で6時間拘束されたら7万円くらいは欲しい。だって彼女にとってはおじさんとのデートはおじさんとのセックスと同じくらい不快だから。

 お金が欲しいカオリさんと、自分を好きになってほしい「おじさん」とでは感覚に天と地ほどの差がある。「おじさん」は最初から女の子から収入源としか見られていないのだ。

「おじさん」は女の子からお金以外の価値を求められたいのかもしれない。著者がキャバクラ嬢だったころ、光ちゃんという34歳のお客と付き合ったことがある。飲食店経営で羽振りがよく、話も面白かった光ちゃんを著者は普通に好きになった。しかし、やがて光ちゃんは「オレが事業に失敗したらお前は離れていく」と勝手に主張するようになる。モテない青春時代を過ごしてきた光ちゃんは、収入が増えてから寄ってくる異性に不信感を抱いていたのだ。しかし、著者は「運動神経」や「顔面偏差値」と同じく「財力」も平等な魅力だと考えていた。「財力」を取っ払って「俺自身」を見てほしいと願う光ちゃんとの関係はこじれ、2人は破局する。光ちゃんから最後に届いたメールの締めくくりは「『雨あがる』という映画を見て、愛について勉強するといいよ」だった…。

 そのほか、金にものを言わせてAVキャストたちに3Pをさせながら内気な妻との情事を無理に楽しもうとする男、バリ旅行にいってまで「知的な会話がしたい」男、デリヘル嬢に「イッちゃう、って言いなさい」と要求して相手の体を開発したと悦に入る男…みんな、異性の心が分からない哀しい「おじさん」である。そして、いかに女の子たちが「おじさん」を冷静に観察してきたかが読者に伝わり、戦慄する。そもそも、著者は序文でこう宣言しているのだ。

ここに集めたのは、一方的で大抵アンフェアで生々しく愉快なおじさんの悪口である。
それくらいは許されるはずだ。先に、長らく私たちを一方的にエンタメ化し、一方的に幻想を抱き、一方的に絶望して見せたのは向こうなのだから。

 著者のストレートな文章は女性読者から大きな共感を集めるだろう。そして、もちろん、「若い女の子から中身を愛してもらいたい」という無茶な願望を捨てきれない、「おじさん」も読んでみてほしい。

文=石塚就一