『良心をもたない人たち』――身近に潜む“サイコパス”にご注意を

ライフスタイル

2017/10/23

『良心をもたない人たち』(マーサ・スタウト:著、木村博江:訳/草思社)

 「サイコパス」の認知度は、某アニメの影響もあってか、ずいぶんと上がったように思う。メディアの影響で、「猟奇的な殺人者」「暴力的な犯罪者」というイメージが強いかもしれないが、学術的な見地から考えた時、そういったサイコパスはごく一部だという。

 『良心をもたない人たち』(マーサ・スタウト:著、木村博江:訳/草思社)は、心理セラピストである著者が、サイコパスによって苦しめられた人々のカウンセリングや、サイコパス自身と接触した経験から、日常にひそむ「となりのサイコパス」の実態を明らかにし、被害者にならないための対処法を教える一冊である。

 医学的には「良心をまったくもっていない状態」を「反社会性人格障害」または「精神病質(サイコパシー)」と呼んでいる。現在アメリカでは、25人に1人の割合でサイコパスがいるという。

 本書においては、そのサイコパスとイコールで「良心をもたない人」という言葉を使用している(厳密に言えば違いがあるのかもしれないが、本記事に限っては反社会性人格障害=サイコパシー=良心をもたない人=サイコパスとする)。

 サイコパスの特徴は、以下にまとめられる。

社会的規範に順応できない
人をだます、操作する
衝動的である、計画性がない
カッとしやすい、攻撃的である
自分や他人の身の安全をまったく考えない
一貫した無責任さ
ほかの人を傷つけたり虐待したり、ものを盗んだりしたあとで、良心の呵責を感じない

 3つ以上当てはまった場合、精神科医の多くは「反社会性人格障害」を疑うそうだ。

「良心をもたない」とはつまり、どういうことか。

「自分が道徳や倫理に反した行為や、怠惰、利己的と思える行為を選ぼうとしたとき、それを抑えようとする内的メカニズムが欠けている」状態である。

 では、どうしてその内的メカニズムが欠けるのかというと、そこに「愛」がないからなのである。「良心」は「愛着から生まれる義務感」。自分の利己的な願望が、愛する家族の不利益に繋がるなら、人は「良心」に従って欲望を抑える。

「サイコパス」は「愛や優しさといった感情的体験を受けとめることができない」。つまり、愛を感じられないから、良心がないのである。

 サイコパスになる原因は、遺伝によるものが50%。しかし、もう半分はよく分かっていないそうだ。ただ、東アジア文化圏、特に日本と中国には比較的少ないそうなので、生まれ育った環境的要因もあるのではないかと考えられる。

 彼らは口が達者で、表面的には魅力があるという。周りにいる「ふつうの人」よりも、魅力的で「面白い人」に見えるので、多くの人がその人をサイコパスだとは思わない。さらに「ふつうの人」が想像もできないほど簡単にウソを吐き(罪悪感がないから)、さらに外面がいいので、周囲からの好感も高いため、「ふつうの人」は「自分がおかしいのだろうか」と疑心暗鬼になり、サイコパスの糾弾に到らないこともあるのだとか。

 サイコパスは、異常なまでに暴力的ということはなく、明らかに「変な人」でもない。「善人」を装ってあなたに近づき、あなたは知らず知らずのうちにサイコパスの「100%利己的な行動」に巻き込まれてしまうのだ。

 では、どうやってサイコパスを見分ければいいのか。「最高の目安」は「泣き落とし」だという。何か問題が起こった時、相手が怒ったり自己主張したりするのではなく、「周囲の同情を買おう」としたならば、さらにそれが「何度も」そうなら、ちょっと警戒した方がいいかもしれない。

 本書ではサイコパス(と、そのサイコパスの被害者)の具体的なエピソードを紹介することで、様々なタイプのサイコパスの行動や考え方を分かりやすく分析している(サイコパスはその「欲求」がどこにあるのかによって、性格が変わってくる)。

 最終的には「良心はなんのためにあるのか」というテーマにもつながっていくので、サイコパスの知識を蓄えながら、「良心=愛着から生じる義務感」についても考えさせられた。サイコパスを縁遠い存在だと思っている方にも、興味深く読んでもらえるだろう。

文=雨野裾