事実は小説より奇なり!夜の喫茶店で、ファストフード店で、電車の中で、知らない誰かの人間ドラマを勝手にリポート。実録&妄想の人間観察エッセイ!

小説・エッセイ

2017/12/17

『お話はよく伺っております(文春文庫)』(能町みね子/文藝春秋)

 日常生活の中で、ふと聞こえてきた会話に耳をそばだててしまった経験はないだろうか。例えばカップルの痴話喧嘩や女子高生のガールズトーク、酔っぱらい同士の脈絡のない会話。それらの会話の内容は、時に小説やドラマ以上に私たちの好奇心を刺激する。

『お話はよく伺っております(文春文庫)』(能町みね子/文藝春秋)は、そんなたまたま聞こえてきた巷の会話に、著者の妄想を加えてリポートした人間観察エッセイだ。雑誌『Soup.』に2007年から2013年まで連載されていたもの。一度2012年に単行本化、さらに単行本未掲載だった新たなエッセイ15本が収録され、この度文庫化された。収録されているエピソードそのものが既におもしろいのだが、著者の妄想がそれに拍車をかけている。

 数ある秀逸エピソードの中でもドラマ性が高いのが、「国と性をこえて」。ある日著者が電車の中で見かけた、2人の男性。1人は40代の日本人(呼称:太田課長)。白髪交じりで太め、全体的に冴えない印象だ。もう1人はメキシコ人と思われる、20代のハンサムな若者(呼称:ガエル君)。このアンバランスな2人は何やら深刻そうに会話をしている。と、太田課長が泣いているガエル君にハンカチを差し出す。ガエル君はそれで涙を拭き、そっと太田課長の肩に頭を乗せた…。

 ここで著者の妄想が爆発。2年前、付き合いで行ったゲイバーでバイトしていたガエル君に、太田課長が一目ぼれ。愛し合う2人だが、祖国で不幸があり、ガエル君は日本に残っていられなくなった。積もる話はまだあるのに、もう電車に乗らないと飛行機に間に合わない…。そんな2人の悲恋ドラマのワンシーンをたまたま著者は目撃してしまったのだという。

 エピソードの終わりに添えられているイラストがまたいい味を出している。これらのイラストで著者が見たシーンを思い浮かべながら、読み手が新たな妄想を重ねていくことができる。

 また、子どもの純粋さに思わずクスリとしてしまう、「少年の窓」もいい。バスに5歳くらいの男の子と、そのおばあちゃんが仲良く座っている。ふと孫の社会の窓が開いていることに気づいた、おばあちゃん。

「あら、まあちゃん、社会の窓が開いてるじゃない」
「社会の窓って何!?(大声)」
「ここのことよ~」
「うん、開いてるね!(大声)」
「社会の窓が開いてたら、まあちゃんの大事なところが神様に持っていかれちゃうよー」
「大事なところってなに!?(大声)」
「まあちゃんのおちんちんのことよぉ……(小声)」
「うーん……。そんなに大事じゃないなあ……」
結果、おばあちゃんが社会の窓を強引に閉める。

 羞恥心が芽生える前の幼児とだからこそ成立する、奇跡のような会話ではないだろうか。

 他にも、夜の喫茶店で酔っぱらいが後輩の息子の嫁に電話をかける「生電話・後輩の息子の嫁」や、海外旅行先のホテルで出会ったポルトガル人のおじさんの行方が気になる、「国際的にもお話はよく伺っております」など、気になるエピソードがありすぎて、とてもこのレビューでは紹介しきれないのが残念でたまらない。

 ひとつのエピソードが次の駅に到着するまでにサクッと読めてしまうボリューム感なので、個人的には電車のお供としてオススメしたい1冊。電車に乗ったら、隣の人のお話を伺いたくて仕方がなくなってしまうかもしれないけれど。

文=佐藤結衣