日常が一瞬で恐ろしい空間に…危険から家族を、そして自分を守るために―洗脳から守れ! テロリストにさせないための予防策と奪還法

社会

公開日:2017/12/26

『家族をテロリストにしないために・イスラム系セクト感化防止センターの証言』(ドゥニア・ブザール:著、児玉しおり:訳/白水社)

 2015年11月に起こったパリ同時テロ事件はまだ記憶に新しい。テロの舞台はカフェやレストラン、コンサートホールなど一般の人々が普通に利用するごくごく日常的な場所だ。犠牲者はたまたま居合わせたという理由でテロに巻き込まれたに過ぎない。危険地帯でもない平凡な場所で過ごす平和な時間。そこで惨劇が起こるほどの恐怖はないと感じた人も多いだろう。

『家族をテロリストにしないために・イスラム系セクト感化防止センターの証言』(ドゥニア・ブザール:著、児玉しおり:訳/白水社)は、このパリでのテロに関与したフランス人の一部の若者がどういった経緯で自国を憎み、犯行に意識が向いていったのかが描かれている。著者であるドゥニア・ブザール氏は過激派に洗脳されている若者の存在にいち早く気づき、注目していた人物だ。当時はブザール氏の意見は批判の的になることも多かったのだが、氏の毅然とした姿勢と著書に興味を持った児玉しおり氏が訳したのが、本書だ。

 2016年7月28日のフランス・ソワール紙では2062人のフランス人またはフランス在住者がジハードに参加していると報じられたそうだ。そしてその多くが中流層だという(本書より)。その中には男性も女性も含まれており成人もいるが、ジハードへの参加に至る経緯にあるのが「洗脳」だという。

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 本書ではイスラム過激派がどのように若者にアプローチし、無差別テロに関わる思考を持つように変化させるのかについて段階を追って書かれている。そして後半ではそれに対する解決方法でまとめられている。本書は前半である第一部の「若者はこうして洗脳され、取り込まれる」と第二部の「洗脳や組織から脱却するには」の2つの構成で書かれており、実際に家族が洗脳によって犯罪に関与しないための予防策につながる著書だと思う。

 このような書籍を見ると欧米など海外の話という感覚を持つ人も多いだろうが、日本も例外ではないのだ。日本でも起こったではないか、日常のありふれた場所での無差別テロが。あれはそう、1995年3月20日のことだ。およそ6300人もの負傷者を出した「地下鉄サリン事件」である。そして死者は13人という発表が出ている。なんでもない平凡な平日の朝に起こった惨劇だ。犠牲になった人の多くはいつものように通勤するため地下鉄に乗った。どこか特別危険な場所に赴いたわけではない。犠牲になった地下鉄職員も当たり前に業務を遂行していただけだ。ただそれだけのこと。日常が恐ろしい空間に変わったのだ。

 そして犯行に関与した人物の多くはごく普通の暮らしをしている者がほとんどだったというのも共通している。平凡な暮らしから家族や知人と断絶し、犯罪を正当化する思考へと至る経緯も酷似している。そしてそれが「洗脳」であることも。

 オウム真理教によって起こされた地下鉄サリン事件から、すでに22年もの時間が経過している。今や若者の多くがこの事実を知らないわけだ。そして事件を主謀した人物こそ服役中ではあるものの、教団自体は名称や形態を変えて今もなお活動していると聞く。オウム真理教に限らず同じような集団がいつまた現れるとも分からない。

 本書の第一部に書かれている「洗脳」については、何もイスラム過激派や犯罪組織に加わることだけに言えることではない。日常の参考として生かせる部分は大いにあると感じている。テロや殺人という加害者になるものだけとは限らず、「洗脳」によって被害者側になることもあるのではないだろうか。詐欺などもそのひとつだ。言葉巧みに誘導して正常な思考を壊し、家族を始めとした周囲と断絶することで「完成」させる。そこからは被害者の財産を搾取し放題という犯罪だってあるわけだ。その人の重要な労働や才能、大切な人との時間までを本人の意思によって放棄させ提供させることは、この日本のどこで起こってもおかしな話ではない。実際にそのような事件も時々目にするではないか。そんな危険から家族を、そして自分を守るためにも参考にしてほしい。

文=いしい