池袋・人世横丁の“猫ばあちゃん”…戦後を生き抜いてきたエネルギーとドラマがそこにある!「ヤミ市酒場」が今、注目される理由とは?

エンタメ

2018/1/7

『東京ヤミ市酒場 飲んで・歩いて・聴いてきた。』(フリート横田/京阪神エルマガジン社)

 あちこちで再開発が進む昨今、ついこの間まで日常風景だった「駅前の猥雑な飲み屋街」が急に姿を消し、きれいで新しい駅前広場やビルへと変貌する……誰もが一度はそんな経験をしたことがあるはずだ。

 その「猥雑な飲み屋街」は、戦後にあったかつての「ヤミ市」だったかもしれない。そんな東京周辺の「ヤミ市酒場」をテーマに取り上げ、取材したのがこの『東京ヤミ市酒場 飲んで・歩いて・聴いてきた。』(フリート横田/京阪神エルマガジン社)だ。

 戦後、都市部のあちこちで自然発生的に出来上がっていった「ヤミ市(闇市)」。食料も物資も圧倒的に足りず、配給だけでは生活できなかった人々にとって、ヤミ市は非合法でありながら「生きるための手段」として欠かせない場だった。

「ヤミ市酒場」とは、そんな戦後のヤミ市にルーツを持つ酒場、飲み屋街のこと。かつてヤミ市があった場所がそのまま発展して街を形成した場所もあれば、移転をよぎなくされ別の場所で新たに商売を始めたところも。著者は駅前に小さな店がひしめく飲み屋街にあちこちで出会い、これらの場所のルーツがヤミ市にあることに気づく。

 そうして新橋、新宿、渋谷、池袋、大井町、神田……首都圏13か所のヤミ市酒場を飲み歩き、出来上がったのがこの本なのである。

 かつてヤミ市だった場所を紹介する本は他にもあるが、この本の面白いところはサブタイトルにもあるように「飲んで・歩いて・聴いてきた」をまさに実践しているところだろう。街の歴史を詳細に調べ、記録する「史料としての1冊」である側面があるかと思えば、急に「飲み屋ガイド」になるという面白い構成。しかも実際に店に足を運び、名物を頼み、味わい、ママや親父さんとの会話も記されている。

 しかしそうすることで、「◯年に◯◯という出来事があって建物が移転し」という記録的な一文に、人々の横顔と体温が浮かび上がってくる。これが狙いなのだろう。

 きっとこの、実際に「飲んで/聴く」ということが、とても重要なのだ。街を歩いて「観察」することは簡単だが、「観察」は時として暴力性をはらむ。なぜなら大抵の場合、「被観察者」の気持ちはすっぽりと抜け落ちているから。

 この本には、そんな「観察」の暴力性をきちんとわかった上で、それでも消えゆくこの街を「記録」したい……そんなジレンマが終始漂っている。特に成り立ちが成り立ちだけに、ヤミ市酒場にはグレーなエピソードもつきまとう。取材自体を歓迎しない人も多い。

 それでも根気よく街をめぐり、人を訪ね、コミュニケーションを重ねて歴史を解き明かしていく……そんな過程がここには記されている。だからこそ聞き出せたエピソードも多いはずだ。どのヤミ市酒場にも流転の歴史があり、生きるために積み重ねてきたドラマがある。池袋・人世横丁の“猫ばあちゃん”、神田・千代田小路の6ヶ国語を操るイラン人の話……「区史」にはけして残らないであろう人々とエピソードの数々は、どれも生々しく、そして面白い。

 この本にはもう一つの「ジレンマ」がある。それはけして、「古き良きものは残さねばならない」というトーンで記されているわけではない、ということ。

 耐火や耐震の基準を満たさない、かつての建物たち。安全のためには再開発もやむを得ないことも、実際に訪れて飲むことで納得できたりする。それでも、この場所がなくなってしまうのは寂しい……そんな矛盾する思いを、アルコールで飲み下す。そんな様子がなんとも人間臭く、魅力にもなっているのだ。

 来る東京オリンピックにそなえ、戦後の風景がなくなりつつある東京。変わりゆくその姿を記憶にとどめておくためには、「今」がラストチャンスなのかもしれない。史料として、ガイドブックとして、私たちを消えゆくヤミ市酒場へと優しく導いてくれる必携の一冊だ。

文=川口有紀