「今夜、わたしは死んじゃうかもしれない」現代のアンネ・フランクがTwitterにこめた想い

社会

2018/3/23

『バナの戦争』(バナ・アベド:著、金井真弓:訳/飛鳥新社)

私はバナ、アレッポの7歳の女の子です。アレッポの子どもたちに何かしてくれませんか。

 バナ・アベドは2009年生まれのシリア人だ。プリンセスに憧れる普通の少女だが、タイム誌が選ぶ2017年版「インターネットで最も影響力のある25人」に名前を連ねるほどの有名人になった。「現代のアンネ・フランク」と呼ばれるバナは内戦状態にあるシリアの惨状をツイッターで世界に発信し、世界中から注目を集めている。彼女が母親や編集者のサポートを受けて出版した『バナの戦争』(飛鳥新社)は彼女がシリア時代に体験した過酷な出来事の回想である。それと同時に、「希望」や「平和」の意味についても考えさせてくれる一冊だ。

 バナはアレッポに住む弁護士の父と教育者の母の間に生まれた。愛情あふれるアベド家で、バナは十分な教育を受けながら伸び伸びと育っていけるはずだった。しかし、2011年3月、「シリアの春」が勃発し国内の情勢が急変する。学生たちのデモを鎮圧するために軍隊が出動する事態となり、以後、政府軍と反政府軍が衝突する内戦状態へと突入してしまったのだ。

 徐々にバナの周りにも内戦の影響が表れ始める。政治活動とは無関係だったはずの父親が秘密警察に拘束されるなど、平和だった暮らしが脅かされていく。そして、ついにアレッポにも政府軍による爆撃が開始された。幼いバナはパニックになるしかなかったが、やがて「爆弾の種類が音で分かるようになる」ほどに、爆撃はバナの日常と化していく。

 来る日も来る日も爆撃や市街戦の音に恐怖していたアベド家は、母親が新しい命を授かったことをきっかけにトルコへの避難を決意する。5カ月もの間、父と故郷から離れて過ごした家族は、内戦の鎮静化とともにアレッポへと帰ってきた。しかし、平和になったように見えたシリアは「嵐の前の静けさ」に過ぎなかった。すぐに、これまで以上の爆撃がアレッポを襲うようになる。バナの幼なじみが爆撃で死に、水や食料さえ満足に調達できない日々が続く。幼いバナですら「死」について考えざるをえない毎日―。もらいもののiPadでバナがツイッターを始めたのはその頃だった。

今夜、わたしは死んじゃうかもしれない。とても怖い。爆弾に殺されてしまう

わたしたちは武器を持っていません。なのに、なぜ殺されるの?

アレッポの子どもたちのために言います。平和をください。

 アレッポの現状を知る人が増えたら、自分たちは助けてもらえるかもしれない。バナのツイートには少女らしいひたむきさが宿っている。同時に、先進国では想像もつかないような悲痛さも含んでいた。ジャーナリストさえ近づけない場所で、7歳の少女が戦争の悲惨さを世界に発信していたのである。爆撃でできた瓦礫の前で、弟たちと平和のメッセージを掲げるバナの写真とともに、バナのツイートは世界中で拡散されていく。爆弾が降り注ぐ夜、ツイートへの返信を読むことがバナと母親の励みになったという。

 それでも、政府軍のアレッポへの侵攻はとどまることがなかった。爆撃で家を失ったバナは家族とトルコに脱出した。シリアを愛し、故郷にこだわり続けたアベド家の無念ははかり知れない。しかし、バナのメッセージは終わらなかった。シリアに救いの手を差し伸べてくれるよう、彼女は現在でもツイッターで世界に語りかけ続けている。本書とバナのツイッターからは難民が生まれる背景が真に迫って伝わってくる。戦争に対して我々1人は無力だが、助けを求めている人々に世界中が少しだけ寛容になれたら救える命はあるのではないだろうか。難民の受け入れは世界中で問題になっているだけに、バナのような当事者たちの声に耳を傾けることは重要である。本書における少女の純粋さは大人の理屈を飛び越えて、読者の心を揺さぶるだろう。

文=石塚就一