『ダ・ヴィンチ』2018年5月号「今月のプラチナ本」は、瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』

今月のプラチナ本

更新日:2018/4/25

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『そして、バトンは渡された』

●あらすじ●

幼い頃に実の母親を亡くしてから、さまざまな事情から、次々と親が代わるという境遇で育った17歳の女子高生・森宮優子。〈父親〉が3人、〈母親〉が2人いて、名字も3回変わるという数奇な運命を辿りながらも、いずれの親からも一身に愛を注がれ育った彼女は、まったく不幸ではないのだった。

せお・まいこ●1974年、大阪府生まれ。大谷女子大学国文学科卒。2001年に「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞、翌年単行本『卵の緒』で作家デビュー。05年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞を、09年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞を受賞。『幸福な食卓』『天国はまだ遠く』『僕らのごはんは明日で待ってる』など映像化された作品ほか著書多数。

『そして、バトンは渡された』書影

瀬尾まいこ
文藝春秋 1600円(税別)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

瀬尾まいこは幸福を見せてくれる作家だと思う

ひどいこと恐ろしいこと醜いことがあふれるこの世界で、われわれは幸福を見失っている。日常は倦怠と後悔ばかりに思える。だが瀬尾まいこは、がれきの山から拾い集めるかのように、幸福をひとつひとつ取り出して見せてくれる。固まり具合がちょうどよいオムレツ、一緒に食べようと思って買ってきたケーキ、軽くて心地いい電子ピアノの音、森宮さんが歌う「ひとつの朝」。毎日しゃべっていても気づかなかった「いい声」を歌の中に発見した瞬間は、ささやかだけれど間違いなく幸福なひとときだろう。そして優子は思う。「会うべき人に出会えるのが幸せなのは、夫婦や恋人だけじゃない」。たとえ血のつながらない家族でも、ときにピントがずれていたとしても、互いを気遣い、互いの幸せを祈る関係がある。そして小さな幸福から始まる大きな未来を、瀬尾まいこは垣間見せてくれるのだ。

関口靖彦 本誌編集長。最近は悲しいシーンよりも、幸せと喜びを描いたシーンで泣けて仕方がない。中年になるって、こういうこと? 王谷晶の短編集『完璧じゃない、あたしたち』も面白くて泣けてよかったです。

 

血縁という絆に価値を感じない時代

自分は子どもを持つことはないだろう。子ども時代からそんな予感があったが、それが決定的となった年齢のころ、特別養子縁組について調べたことがある。子どもの福祉を目的としたものだから「養親は夫婦共同でならなければならない」ほか、いくつか条件があって独身のアラフォー(当時)には無理だとすぐにわかった。なぜ調べたのかというと、親になってみたくなったのである。そんな私だから、森宮さんの気持ちがよくわかる。「自分の明日と、自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日が、やってくるんだって。親になるって、未来が二倍以上になるってことだよって」。彼はそう言って再婚もせずに親をまっとうすると宣言するのだ。血縁という絆の価値が下がっている昨今、他人同士だからこその自覚と歩み寄りのある関係のほうがむしろ居心地がいいと思う人も多いだろう。

稲子美砂 春めいてくると「桜の小説」が読みたくなる。歌には〝桜ソング〟と括られる名曲も多いが、小説にも桜のシーンが印象的な作品が数多くある。私のお薦めは田口ランディさんの短編「幻桜」。

 

強くて賢い女の子を読むとうれしくなる!

優子ちゃんが生きるのは、相当シビアな環境だ。だけど彼女はものすごく大人……いや、人間がデカい。もし私が優子ちゃんの立場だったら、梨花さんは許せないし、森宮さんとも微妙な関係だと思う。優子ちゃんのフラットなありようは、以前、フィギュアスケートの羽生選手が「心を開く」ことの重要性を語っていた記事で衝撃を受けたことを思い出させてくれた。影響を受けても与えても、変化を吸収できるだけのキャパと、それでも揺らがない自分を持つことが重要なんだなぁと改めて。

鎌野静華 土屋礼央さんと和牛のお二人の連載がスタート! 礼央さんは本誌初連載、和牛のお二人は連載自体が初と、春にふさわしいフレッシュな二組です!

 

私は私として生きて、会うべき人と会う

血がつながっていればそれだけで家族。結婚した二人もまたそうである。しかし、優子が内心でこうつぶやく相手はそのどちらでもない。「『おいしい』の一言をもらえないと、何だか損した気がする」。訳あって自分の父親になった20歳上の森宮を、優子が男として見たことはない。しかし食卓を囲むうち、二人は普通の親子より仲良くなってしまっている。今という時間を分け合うようにたっぷりの食事をとり、スイーツまで食べ、軽口を叩く二人。出会いが信頼に発展する、幸せな小説。

川戸崇央 「トロイカ学習帳」をお読み頂いている読者の方から有難いおハガキがあり、編集Kはプラチナ本のアイコンを変更することになりました。次号!

 

生きるための意味=家族であること

血のつながらない「子」の「親」になっていく大人たちの言葉の数々が、心に染み入る物語だった。森宮さんの「自分じゃない誰かのために毎日を費やすって、こんなに意味をもたらしてくれるもの」「自分のために生きるって難しいよな。何をしたら自分が満たされるかさえわからないんだから」との言葉が胸を打つ。まだ子供を持たない私には理解しきれていないだろうけれど、後者のセリフは少しわかるような気がする。読後、とても家族がほしくなったので、犬を見に行きました。

村井有紀子 本屋大賞ノミネート作にもなった小説『騙し絵の牙』が映画化始動! 企画から約5年の歳月をかけた大切な作品。塩田さん、大泉さんに大感謝です。

 

最初から最後までずっと優しい

帯に書かれた〈彼女はいつも愛されていた。〉というコピーには一切の偽りがなく、最初から最後の1ページに至るまで、主人公の優子は沢山の愛情に囲まれている。三人の父と二人の母、担任の先生やその他の大人たち。それぞれ距離感や方法は異なるけれど、子供の幸せな未来を、〝バトン〟を渡そうとする想いのなんと温かなことか。そして、そんな愛情に無頓着なようで、しっかり応えている優子もとっても素敵な女性だ。優しさと幸せをお裾分けしてもらったような読後感に包まれた。

高岡遼 本作では大切な人とごはんを食べるシーンが沢山描かれていますが、個人的に気になったのは「ポテトサラダ餃子」。作中での評判はイマイチだけど……。

 

他人同士が、いかに家族になっていくか

次々とバトンタッチしていく親のなかで、最もどうしようもないのが梨花さんだが、私はけっこう彼女が好き。自分の幸せも家族の幸せもあきらめない方法を模索する生き様は、愚かだけどたくましい。世間の〈かくあるべき家族像〉に沿うことができない、梨花さんみたいな人もいるだろう。家族だって、異なる性質の他人同士。いわば異種混合の長期戦のような〈家族の時間〉をサバイブし、限られた時間内でいかに多くの愛情をgiveできるか。そのヒントを頂きました。

西條弓子 これを書いている3月下旬、東京は桜が満開。同じ花を見ているはずなのに、毎年違うふうに見えるのだから、あの花はやはり……只者ではない!!

 

 

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