日本一、暗黒時代、そして訪れたチームの大躍進…「ハマの番長」三浦投手の人生の流儀

スポーツ・科学

2018/4/9

『踏み出せば何かが変わる』(三浦大輔/青志社)

 2016年9月20日、夫がテレビの前で号泣していた。ぎょっとしてテレビ画面に目をやると、そこで行われていたのはあるプロ野球選手の引退会見。マイクを向けられていたのが、「ハマの番長」の愛称で親しまれた、横浜DeNAベイスターズの三浦大輔投手だった。

 三浦氏が横浜大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)に入団したのは、91年。それから16年の引退まで、25年間横浜一筋で現役生活を続けてきた。98年に優勝を経験するものの、その後球団は長く低迷する。その間に投打の主力選手は他球団へ移り、ファンも離れていった。08年、三浦氏自身もFA権(他球団と自由に契約を結ぶことができる権利)を行使するチャンスがあったものの、「もう一度横浜で優勝したい」という強い想いから残留の道を選ぶ。そんな横浜一筋の姿勢はベイスターズファン以外にも幅広く認知されており、彼の引退は大きく報道された。

『踏み出せば何かが変わる』(三浦大輔/青志社)は、引退から1年経った三浦氏が、25年の現役生活やベイスターズ大躍進の背景について綴った1冊だ。野球にはさほど詳しくない私だが、本書を読んで三浦氏のチームへの想いやひとつひとつの物事に取り組む姿勢を知り、なぜ彼がチームメイトやファンにあれほど支持されるのか、その理由が理解できた。

 印象的なのが、三浦氏の「周りを変えたければ、まずは自分が変わる」という流儀だ。長い暗黒時代、投手陣と打撃陣の溝や、現場とフロントの衝突が絶えない野球環境に耐えかね、三浦氏は何度も爆発しそうになったという。それでも彼は、出ていくよりもチームに残ることを選び、悪しき環境を変えるために力を尽くした。本書の中で、三浦氏は当時の想いについてこう語っている。

「『出ていきたい球団』と言われたこの球団で、『一番行きたい球団』にしてみせる、と。そのためには、まず、自分が変わらなければならない。それが、打たれても下を向くような弱い姿を見せないことであり、それを続けていけば、後輩たちにも伝わるものがあると思った」

 その流儀は、「成績の良いときだけではなく、悪いときもテレビに出演する」という三浦氏のメディアとの付き合い方にも表れている。負け試合の後、マスコミに追いかけられると当然嫌な気持ちになる。しかし、その向こうにファンがいることを考えれば、「負けについて答える」ことも上を目指すために必要なこと。そんな彼の姿勢から後輩の選手は多くを学び、チームは徐々に良い方向に変わってきたのだろうと想像できる。

 また、三浦氏が現役時代から大切にしているのが、「迷ったらまずは一歩を踏み出し、引き出しの数を増やす」こと。例えば勧められた練習メニューが合わなくても、右から左に聞き流すのではなく、一度挑戦して判断する。そうしてひとつひとつの「経験」を引き出しにしまっていくことで、境遇が変わった時に参考になり、人生の幅が広がるのだという。現役を退いた後も、その姿勢は変わらない。積極的に異業種の人と交流して異なるものの捉え方や考え方を吸収し、未来のための引き出しを増やすことを何より大切にしている。

 三浦氏の今後の目標は、もう一度横浜のユニフォームを着て優勝すること。彼ならきっと実現できるだろうと期待せずにはいられない。毎日に何か変化を起こしたいあなた、ハマの番長の「人生の流儀」を明日から早速実践してみては?

文=佐藤結衣