オランダの死因3~4%は「安楽死」その瞬間に患者と家族と医師が思うこと――

暮らし

2018/4/13

『安楽死を遂げるまで』(宮下洋一/小学館)

 2018年現在、日本で積極的安楽死は認められていない。そのため、患者に安楽死を施した医師は罪に問われるし、遺族も安楽死を行った医師を非難する傾向がある。しかし、日本人でもいざ自分が不治の病で苦しんでいる状態に陥れば、「長く生きるよりも楽に逝きたい」と考える人は多いのではないだろうか。

 安楽死に関する考え方は矛盾にあふれている。「人生の最期」という、理屈で割り切れるはずもないテーマだけに、善悪を定められないのは当然だろう。徹底した取材力に定評のあるジャーナリスト、宮下洋一の新著『安楽死を遂げるまで』(小学館)も、安楽死にまつわるさまざまな価値観に迫ったノンフィクションだ。日本では違法の安楽死や自殺幇助も、合法的に行われている国は珍しくない。安楽死を選択する患者と見守る家族、そして死を助ける医師にはどんな想いがあるのだろうか。

 本書のプロローグはドリス・ハーツ(仮名)というイギリスの老婦人が自殺幇助を受けて死ぬ場面である。悪性腫瘍によって余命が長くない彼女は、老人ホームでの生活を望まず安らかな死を願うようになった。そのため、自殺幇助が認められているスイスに渡り、自殺幇助団体「ライフサークル」に依頼したのである。ライフサークルでは最期の瞬間、患者自身の手で劇薬を体内に注入する方法を採用している。ドリスは点滴のストッパーを開けてからものの20秒ほどで息をひきとった。直前まで著者のインタビューに答えていたドリスのあっけない死に、著者は動揺を隠せない。

 著者自身は安楽死を望む立場ではない。そして、欧米的な「個人主義優先」の安楽死のシステムには、いくら取材を重ねても疑問を拭えないままだった。だからこそ、著者の「安楽死についてもっと知りたい。問題提起したい」という願いが真摯に伝わってくる。ライフサークル以外にも、著者は世界中で合法・非合法関係なく、安楽死に携わった人間の声を聞いてまわっていく。

 国民の死因のうち3~4パーセントが安楽死だというオランダでは、安楽死の当日に家族や友人を招いてパーティを開いた男性がいた。彼に限らず、本書に登場する安楽死を選択した人々は、死が近づくと明るく過ごしたいと願うようになるという。また著者は同国で、認知症の苦痛に耐えかねて安楽死を選んだ老人の臨終に立ち会う。体はまだ健康なのに自ら死を選ぶ決断は、日本人には理解しにくいかもしれない。彼は家族の見守る中、妻に思い出の曲を歌ってもらいながら毒物を飲み干した。本書に収録されているその瞬間の写真を見る限り、彼の表情はわずかな迷いもないように映る。

 ベルギーでは精神疾患による安楽死が認められており、余命宣告を受けたわけでもない人間の死を早めることについて大きな議論を呼んでいる。安楽死が違法のスペインでは事故で全身麻痺になった男性、ラモン・サンペドロ氏の自殺を恋人が幇助した事件がセンセーショナルに報じられた。本件はハビエル・バルデム主演映画『海を飛ぶ夢』のモデルにもなった。著者はラモンの恋人と家族の双方に取材したが、「後悔はない」という恋人と「生きなきゃダメなんだ」とラモンを説得し続けた家族の話はまったく相容れない。

 そして、取材は日本にもおよぶ。臨終間際、患者を苦痛から早く解放しようと薬物を投与し、「殺人医師」の汚名を着せられた本人たちの話を著者は聞いてまわる。安楽死に関わる矜持すら感じさせる欧米の医師と比べて、日本の医師たちは暗い過去として事件を話すのが印象的だ。そして、長い旅の末に著者は安楽死についての見解を導き出す―。

 死は全ての人間に訪れる。そして、できるなら安らかに死を迎えたいと思うのは当然の願いだろう。安楽死は健康な人間が想像する以上に身近な問題だ。「違法だから口にするべきではない」と安楽死そのものをタブー視するのではなく、本書のように「どうして違法なのか」「合法の国にはどんな理由があるのか」と突き詰めて考えることこそが重要なのではないだろうか。

文=石塚就一