“伝説の作家”8年ぶりの新刊! あなたの一生の読書傾向を左右する、圧倒的密度の幻想小説『飛ぶ孔雀』

文芸・カルチャー

公開日:2018/6/18

『飛ぶ孔雀』(山尾悠子/文藝春秋)

“伝説の作家”山尾悠子の新刊『飛ぶ孔雀』(文藝春秋)が5月10日に発売され、話題を集めている。

 山尾悠子は1975年、大学在学中に短編「仮面舞踏会」で作家デビュー。以来、『夢の棲む街』『オットーと魔術師』『仮面物語』など、幻想的な小説を相次いで発表し、読者を魅了してきた。しばらく新作が途絶えた時期もあったが、2000年前後から活動を再開。長編『ラピスラズリ』や初期作品をまとめた『夢の遠近法』が文庫化されたこともあり、近年その名があらためて認知されることとなった。

『飛ぶ孔雀』は、前作『歪み真珠』以来8年ぶりとなる新作である。今年の春先に発売がアナウンスされるや、ネットもリアルも大いにざわつき、本好きが顔を合わせると必ず「山尾悠子さんの新刊が……」という話になったものだ(誇張ではなく、本当に!)。発売から一か月以上たった今日でも、その静かな熱狂はじわじわと広がり続けている。

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 端的に言って『飛ぶ孔雀』はとんでもない小説である。幻視の力に圧倒され、めまいがし、心拍数が跳ね上がる。自分がいけない本を読んでいるのが理屈抜きで分かる。こんな気分にさせられる小説はあまりない。

 物語の舞台となるのは、石切り場の事故以来、火が燃えにくくなっている世界。火がつかないため人々は、煙草一本吸うにも苦労を強いられている。なぜそんな現象が起きるのかは分からない。山尾作品ではいつも異質な世界が“そういうもの”として立ち現れ、克明に叙述されてゆく。

「飛ぶ孔雀」「不燃性について」と題された2つのパートから成り立っている。山尾作品にしては珍しく和風の城下町が描かれる前半も、頭蓋骨標本の並ぶホテルなどが登場してファンタジー色の強い後半も、甲乙つけがたいほどに魅力的だ。そしてどちらのパートにも、石切り場の事故と火が燃えにくいという現象が、影を落としている。

 ストーリーを分かりやすく要約するのは困難だ。年中咲いている桜、分裂した山、橋を渡って不思議な力を手に入れた少女、火を盗むために降りてくる孔雀、そして真夏に開かれる大茶会。不条理な、それでいてどこか懐かしいイメージの断片が連なり、仄暗い世界をパズルのように形作ってゆく。その幻想世界を支えているのは、端正で硬質な文体である。『飛ぶ孔雀』を読むという行為は、広大な言葉の森をさまようことに他ならない。読者はその森でときに立ち止まり、鮮やかな表現にはっと息を呑む。そしてこの彷徨が、いつまでも終わらないでほしいと願うのだ。

 このレビューを書いているわたしは1999年の活動再開以降にファンになった、山尾悠子後追い世代だ。それだけにリアルタイムで新刊を購入できる昨今の状況が、嬉しくてたまらない。さあ、次はあなたの番だ。一生の読書傾向を左右してしまうかもしれない、危険な小説『飛ぶ孔雀』。幻想的な物語が好きなら、今これを体験しない手はないだろう。

文=朝宮運河