本当においしいトーストの焼き方は…パン好きなら知っておきたい雑学

食・料理

2018/6/19

『パンの科学 しあわせな香りと食感の秘密(ブルーバックス)』(講談社)

 おいしいパン屋さんには朝早くから行列ができ、焼き上がると同時に瞬く間に売れきれます。日本は世界で類を見ないほど、多種多様なパンがつくられる、パン大国なのです。

 でもパンが日本に本格的に浸透したのは、戦後。歴史的にパンを見ると、短期間に爆発的な人気を獲得しています。それほどまでに人々を魅了するパンとは、どのようにしてできるものなのか知っていますか。

 もちろん世間には、パンのレシピ本があまた存在します。素材のブレンド、発酵温度や発酵時間などが細かに紹介されていることでしょう。

 ですが、「なんで人はパンに魅了されるのか」。この問いに答えてくれる人は少ないでしょう。この漠然とした問いに真正面から答えてくれるのは、パンひと筋40年あまり。辻製菓専門学校 製パン特任教授の吉野精一氏です。

 吉野氏は、アメリカの「American Institute of Baking(米国製パン協会)」の「製パン科学学科」で学び、さらにカンザス州立大学の農学部穀物学科を卒業したパン界のエリート。いわば「パン学」を歩んできた第一人者です。

 そんな吉野氏は、パンに「科学」という側面から光を当て、おいしさの核心へと導いてくれます。それをまとめたのが、『パンの科学 しあわせな香りと食感の秘密(ブルーバックス)』(講談社)です。

 ではここで質問です。私たちはなぜパンを手に取りたくなるのでしょうか。

 第一に、ふっくら黄金色に輝く見た目。そして遠くからでも引き寄せられる焼きたてのパンの香り。この二大要因抜きには語れません。パンの魅力のごく一部を解説してみましょう。

■思わず手に取りたくなる焼き色の秘密

 パンは二つの部位に分かれます。ひとつは、こんがり茶色く焼かれた「クラスト」こと外側の部分。そしてもうひとつは、スポンジ状のやわらかい「クラム」です。

 パンの見た目の魅力さは、外側の「クラスト」の色合いによります。このクラストのカラーは、パン生地の小麦粉などの「糖」が化学反応を起こすことで生まれます。そして食欲をそそる黄金色が焼き上がるには二つの化学反応を経ているのです。

 パンが褐色に焼き上がることを、「メイラード反応」および「キャラメル化」と呼びます。色合いに大きく影響するのが、小麦粉に含まれる麦芽糖・ブドウ糖など。そしてその他の原料に含まれる糖類(ショ糖、乳糖、異性化糖など)の配合比率によって、褐色に変化するスピードや色合いが変わってきます。

■引き寄せられる香りのケミストリー

 もうひとつのパンの魅力は香り。香りもまたメイラード反応の影響を受けます。パンの焼きたての香ばしさは、パンの外側であるクラストより生じます。

 パン生地の「アミノ化合物」とブドウ糖などの「カルボニル化合物」が加熱されることで香気成分は生まれます。

 この香りの複雑さを先人は次のように表現したと著者はいいます。

「すみれの花の匂い」「チョコレートの匂い」「チーズの焼けた匂い」「トウモロコシの匂い」などなど…。

 そしてそのパンを割るとクラムの香りがさらに食欲をそそることでしょう。クラムは少し「ツンとする刺激的な甘い香り」が特徴。食パンやロールパンのクラムの香りの約96%はエタノールの香りです。このエタノール臭を「イースト臭」と表現することが多いそう。

 そしてクラムの香気成分は、焼きたての瞬間のみ嗅ぐことができる「はかない」存在でもあります。

 エタノールは時間が経つと気化するため、パンに長くとどまりません。一方、クラストの香気成分は、パンが袋詰めされた段階で、徐々に内側、クラムまで浸透します。

 ここまで我々がパンに引きつけられる理由である、見た目と香りについて詳しく説明してきましたが、パンをさらにおいしく食べるコツをご紹介しましょう。

 パンの香りを堪能するには、「焼きたてが一番」と先ほど紹介しました。けれどもいつも焼きたてを食べられるわけではありません。

 しかし、パンの潜在能力は「トースト」によっても引き出されるのです。

■本当においしいトーストの焼き方

 パンは時間とともに、パサパサ、ボソボソとした食感になります。それはパンの水分の蒸発に加え、デンプンの老化、グルテンの硬化などが原因です。ですが、パンをトーストすることにより、焼きたてのパンとはまったく別次元のおいしさが生まれます。再加熱により、新たな化学反応が生じるからです。

 トーストにより、パンの芯温を60〜70℃に上げることで、硬化していたデンプンが「α化(軟化)」します。するとクラムの食感がやわらかく再生されるのです。さらにクラストの糖質が再加熱されることで、キャラメル化します。適度な焦げ目がつくとともに、香ばしい焦げ臭が発生します。

 ここで吉野氏イチオシの食パンのトーストの方法を伝授いたしましょう。

トースターを200℃に予熱
パンの表面、裏側に霧吹きで水をかける
2分半を目安に高温で短時間焼き上げる

 時間や温度はトースターの機種にもよりますが、ポイントは「高温」「短時間」「水分補填」。この三つ。すると表面はカリッサクッ、内側はしっとり。食感にも対比を生み出します。そしてこの噛んだときの咀嚼音もおいしさに影響するのだとか。

 このように、パンは様々な化学反応、そして複合的要因がからみあって、魅力的な存在になっているのです。

 ここでは紹介しきれませんが、パン生地のこね方、寝かせ方、叩き方、成形、そして焼く方法、どの工程にも、科学的に重要な意味があります。本書には、製法の他にも、パンの歴史やトースター、ホームベーカリーの解説など盛りだくさんな内容が紹介されています。

 ひと味違ったパンの魅力を知ると、よりいっそうパンがおいしく感じられるでしょう。

文=武藤徉子