“爆買いツアー離れ”のワケとは? 中国「潜入バイト」で判明した中国人の意外な姿

エンタメ

2018/6/21

『ルポ 中国「潜入バイト」日記』(西谷格/小学館)

 犯罪組織やブラック企業に潜入して、その組織の実態を明らかにする書籍や記事がある。いわゆる「潜入ネタ」だ。文字から伝わる緊迫感とリアリティある情景に、読んでいて思わず興奮する。

『ルポ 中国「潜入バイト」日記』(西谷格/小学館)は、著者でフリーライターの西谷格氏が、中国のあらゆる業種に潜入して、そこで働く中国人たちの素顔や文化を明らかにした1冊だ。そうだ、本書は国内の組織に潜入するのではなく、なんと国外へ飛び出しているのだ。しかもあの中国に、だ。巷に出回る「潜入ネタ」とは一線を画すスケールの大きさに、最上級クラスのリアリティが期待できる。さっそくその記録の一部をご紹介したい。

■ガイドの目線で見た爆買いツアーの光景

 中国と聞くと、一時期大きな話題になった爆買いツアーを思い浮かべる。

 爆買いツアーに参加する中国人たちを、ツアーガイドからの目線で見つめてみたい。そう考えた西谷氏は、紆余曲折ありながら、期間限定で爆買いツアーのガイドを務めることになった。

 本書ではその体験談が細かく記されているのだが、一部の人々が想像する爆買いツアーとはちょっと違った景色が見えてくる。中国人ガイドが中国人観光客を騙しているのだ。

 ツアーの途中で立ち寄る免税店で、野口英世の名前を使った健康食品を買わせるため、車内で千円札を掲げながら野口英世がいかに素晴らしい科学者か「洗脳」する。その宣伝に騙された観光客は1つ3万円もする健康食品を爆買いしていく。

 ドラッグストアと自販機のジュースの値段が違う理由も、「自販機の方が良い成分が入っているから値段が高いんですよ」と平気でうそをついて買わせる。この他、1本3万円する磁気ネックレスを売りつけたり、ディズニーランドの行き方をテキトーに案内し、専属のカーシェアを使わせようとしたり、もはや無茶苦茶だ。

 この様子に困惑していた西谷氏に対して、中国人ガイドはその理由を述べた。

 中国では「爆買いツアー」が過当競争になっており、ツアー費を極力安く抑えないと商売にならない。そこで免税店や「洗脳」によって爆買いさせ、そのキックバックをもらうことで帳尻を合わせているという。

 しかし今では、こういった悪質なガイドに嫌気が差した観光客たちが爆買いツアーを敬遠するようになったらしい。一時期より落ち着きを見せた爆買いツアーの裏には、こういった理由もあるようだ。

 一方で、肝心の中国人観光客のマナーについて西谷氏は、私たちが抱いているほど悪いものではないと述べている。バスの中で子どもの股間にペットボトルをあてがい「シー、シー」とトイレを迫る母親や、集合時間に現れない中国人が電話で西谷氏に「あと5分!」と電話をかけたものの一向に現れず、それから5分おきに「あと5分!」と電話をかけて、結果30分近く遅刻した体験談が紹介されているが、目をひんむくようなマナー違反はなかったそうだ。

 私たちが中国人に対して抱く「マナー違反」とは、「日本人の常識」と照らし合わせて、それにふさわしくない言動を見せる彼らの姿に、私たちが憤っているものかもしれない。日本人が外国でその土地のマナーに苦戦するように、中国人も悪意をもってマナー違反をしているわけではないようだ。

■反日ドラマの制作現場は反日感情が薄い

 本書よりもう1つだけ、反日感情の温床、反日ドラマに潜入した記録をご紹介したい。

 反日ドラマの制作現場に興味を持った西谷氏は、中国版「太秦映画村」ともいうべき、反日ドラマ制作の聖地で役者を演じることになった。日本人兵役を仰せつかったのだ。制作の現場にがっつり関わることができた西谷氏は、そこで彼らの意外な姿を目にしたという。対日感情について、現場の人々の多くは悪い印象を抱いていないというのだ。

 反日ドラマの制作現場に現れた日本人に対し、過激ないじめが始まるのではないかと恐る恐るページをめくったが、普通に会話をするし、一緒に弁当を食べるし、いたって和やかだ。日本人兵士の格好をした西谷氏にツーショットを求める場面もある。あまりに反日の現場らしくない。

 これには中国らしいワケがある。表現の自由がない中国では、あらゆる制作物に規制がかかる。しかし抗日モノだけは、戦前の日本を絶対悪とみなして中国共産党を正義の化身として描いている限り、多少行き過ぎた暴力表現や性描写、非科学的な虚実ないまぜのストーリー展開も許される。そのため中には荒唐無稽な作品もあり、呆れ返って観ている中国人もいる。

 また、反日ドラマは中国の映像作品において唯一の安全地帯であり、表現のオアシス。制作される本数も多い。そのせいか飯を食うため、自身の腕を磨くために参加するクリエイターや役者もいる。割り切っているのだ。

 もちろん中には反日感情を抱く者もいる。しかし反日コンテンツを制作する現場は驚くほど反日ではない。ニュートラルな人々が淡々と反日作品をこしらえ、中国国内でそこはかとなく反日感情が共有される構図がある。

 中国とは、不思議な国だ。

 私たちがイメージするように、中国人はいい加減な人々かもしれない。しかし彼らも私たちと同じ心ある人間だ。本書を読み進めると、彼らなりの事情や気持ちがそのイメージに加えられ、人間味ある本当の姿が浮かび上がってくる。読み終わる頃には、中国に対して抱いていた一面的なイメージがポロポロとはがれているだろう。

文=いのうえゆきひろ