「生きる意味は見つけなくていい」「置かれた場所で咲けなくていい」辛口禅僧の教えとは

暮らし

2018/6/29

『禅僧が教える心がラクになる生き方』(南 直哉/アスコム)

「自分は一体何のために生きているのだろう…」「もっと華々しい人生を送るつもりだったのに…」とふと思うことはないだろうか? 「他人の生き方が自分のものより良く見える」「テレビで人生をイキイキと語っている人を見ると焦りを感じる」そんな人も少なくないだろう。

 本屋に行けば「夢の叶え方」や「輝くための生き方」などを推奨した本が並んでいる。そんな中、「生きる意味なんて見つけなくていい」と、他とは違った視点を持つ1冊が『禅僧が教える心がラクになる生き方』(南 直哉/アスコム)だ。本書をひとことで言えば「辛口住職の人生論」。

「人生を前向きに、ポジティブに!」という人生訓は「良いこと」とされているが、それに違和感を持っている人も少なからずいるだろう。「人生、そんなにがんばってポジティブにならなくてはダメなのか」という疑問も浮かんできそうだ。

 本書はそんな考え方を真っ向から否定するものである。心を無理にポジティブに変換するのは、苦しいときもあるだろう。ベストセラーの『置かれた場所で咲きなさい』や『君たちはどう生きるか』とは対極にある本書は、しかしながら11万部を突破し、幅広い層に受け入れられている。

 なぜそこまで本書は受け入れられているのだろうか? それは、いままでの価値観にとらわれない「新しい視点」を読者に提供しているからだ。「がんばって自分の価値を磨き、人生で成功しなければいけない」というメッセージはときに人々を疲れさせる。そんな「前向き論」に疲弊した人々の心に本書のメッセージが刺さるのだろう。

 この世の全ては「諸行無常」だという著者。彼はその言葉を「生きること自体に意味などないし、“自分”という存在にも確かな根拠はない」と解釈しているという。「自分」という存在は3カ月もすれば細胞が全て入れ替わる肉体で、生まれてきたことさえ「たまたま」に過ぎない。これまでの「記憶」と他者からの「承認」で成り立っている不確かな存在だ。それを考えると、「意味のある人生」「有意義な人生」を送らなければと、がんばる必要もない。

「なりたい自分」になれなくたって良いのだ。「今よりもっと充実した人生を送りたい」と思うのは、今に満足しておらず焦っている状態。自分と違う「型」に無理に収まろうとすると、力んで苦しくなってしまう。著者はそれを「不自然」な状態だという。肩や手足の力を抜くように、流れるままに生きてみてはどうだろうか。案外楽しいかもしれない。

「人生の意味を考えて悩むそのたびに、それらしい人生訓を手に取るが腑に落ちない…」そんな人へこそ書かれているのが本書と言って良いだろう。「生きる意味なんてなくていい」という「別の視点」があるということに気づけば、今までとはガラリと変わった景色を見ることができるだろう。

 最後に、それでもまだ「生きる意味」に迷っている読者に著者の言葉を贈ろう。「実際、そんなものはなくても生きていけるのです。現に、生きる意味などわからなくても、みんな立派に生きています」。

文=ジョセート