「誰も私を助けてくれないのなら、全部殺してほしい」閉塞感に満ちた90年代を生きた、ひとりの少女の残酷な青春物語『愛と呪い』

マンガ

更新日:2018/7/17

『愛と呪い』1巻(ふみふみこ/新潮社)

 祈れば必ず願いは叶う。そして幸せになれる――。ぼくは幼少期、宗教にのめり込んでいた祖母から繰り返しそのように諭され、育てられた。けれど、常に心の片隅にあったのは、祈りなんかで幸せになれるわけがないという冷めた想いだった。大人になった今も、その気持ちは変わっていない。しかし、当時の祖母の言葉は、いまだに“呪い”のように心と体に染み付いていて剥がれない。だからこそ、『愛と呪い』1巻(ふみふみこ/新潮社)を読んだとき、「ここに仲間がいる」と感じた。同時に、胸が裂けるような痛みを覚えた。

 本作は、セクシュアルマイノリティの少年たちを描いた『ぼくらのへんたい』(徳間書店)で知られるふみふみこさんの新作であり、“半自伝的クロニクル”である。

 主人公である愛子を取り巻く状況は、控えめにいっても“異常”だ。物心ついた頃から繰り返される、父親による性的虐待。それを見て、ただ笑うだけの母親。そして、両親を含め、家族はとある宗教にすがりついており、愛子は“教祖”が設立した学校へ通っている。言い換えるならば、絶望的な状況。幸せなんてどこにもない。ならばいっそ、こんな世界なんて消えてしまえばいい。愛子がそのように考えるのも、当然のことだろう。

advertisement
img01

img01
(C)ふみふみこ/新潮社

 愛と呪い。本作のタイトルは、まさに愛子の状況そのものを示している。父親からの過剰なスキンシップや祖母による信仰の強制は、もしかしたら形を変えた愛情だったのかもしれない。しかし、当の愛子にとっては、それは呪い以外のなにものでもない。どこにも逃げ場のない子どもからすれば、苦痛でしかない愛なんて、自分を縛り付けるただの呪いだ。

 そんな愛子は、やがて実在するひとりの犯罪者に、不思議なシンパシーを覚えるようになる。それが神戸連続児童殺傷事件を起こした「酒鬼薔薇聖斗」である。本作には彼の犯行声明文が印象的な形で登場し、愛子の心境とリンクしていく。誰も私を助けてくれないのなら、全部殺してほしい。醜い“私自身”も含めて……。

img01
(C)ふみふみこ/新潮社

 ひとりの少女がそこまで追い詰められていく過程からは、思わず目を背けたくなるかもしれない。本作の物語はまだはじまったばかり。この先、愛子がどのような道を歩んでいくのかはわからない。ただし、悲しいことに、その道程が決して平坦なものではないことだけは確信できる。

 本作の舞台となるのは、酒鬼薔薇聖斗が登場することからもわかる通り、90年代の日本だ。彼が起こした事件以外にも、阪神淡路大震災やオウム真理教などもモチーフとして登場する。それらが作品にもたらしているのは、閉塞感。どこにも行き場のない愛子と、時代が持つ不穏な気配とが相まって、本作に息苦しい雰囲気を生み出しているのだ。

 本作を“半自伝的”と謳っているふみふみこさん。その覚悟は相当なものだったはず。それを知られて得することなんて、なにひとつないようにも思える。しかしながら、これは描かざるを得なかった作品なのだろう。自らにかけられてしまった呪いから脱却するためにも。

 ひとりの作家が描く、愛と呪いの物語。これは決して気軽に勧めることはできない作品かもしれない。それでも読んでみたいと思うのならば、覚悟を持って向き合ってもらいたい。そして、もしも共感するところがあるのならば、その読書体験は一生忘れられないものになるだろう。

文=五十嵐 大