「死は常に私のかたわらにありました」発達障害の私が辿りついた“幸せ”とは?

暮らし

2018/8/20

『ヘン子の手紙 発達障害の私が見つけた幸せ』(伊藤のりよ/学研プラス)

 近頃は、発達障害がメディアなどでクローズアップされる機会が増えてきたが、発達障害という言葉は普及しても、どのような症状を発達障害と呼ぶのかはまだあまり浸透していないように感じる。そのため、自分自身や我が子の発達障害を受け入れられず、「どうしてみんなと同じことができないのだろう」と悩んでしまうこともあるのではないだろうか。

 しかし、発達障害であることに折り合いをつけられたら、人生がもっと楽しくなる。我が子が発達障害であっても、その子の性質に合った育児ができるようにもなるだろう。それを教えてくれるのが『ヘン子の手紙 発達障害の私が見つけた幸せ』(伊藤のりよ/学研プラス)だ。本書には、発達障害のある伊藤氏が見つけた“障害との向き合い方”が記されている。

 伊藤氏が自身の発達障害に気づいたのは、36歳のときだった。我が子に発達障害があることを知った伊藤氏は療育について学んでいくうちに、自分にも当てはまることが多いと感じ、検査を受け、発達障害が発覚した。

 幼い頃から自分で自分のことが分からなくなるほど苦しんでいた伊藤氏は、発達障害という病名を聞いたことで、幼少期の辛い出来事に説明が付き、一時は安心感を覚えた。しかし、病名を知っても自分との付き合い方は分からないままであったため、持病のうつ病が悪化し、精神科へ入院するまで追い詰められてしまった。

 そんな伊藤氏が発達障害を受け入れられるようになったのは、自分自身に手紙を書き始めたことがきっかけだったのだそう。「自分を知ることはどんなに遅くても遅すぎることはない」と、本書の中で力強く語る彼女は、発達障害の先に自分なりの幸せを見つけた。

■障害者である私も理解してもらいたい

 今年で結婚17年目を迎える伊藤氏は今でも料理や買い物、ATMでのお金のやり取りを苦手に感じている。障害のある人からしてみれば、何気ないことでも発達障害である彼女にとっては辛く感じられてしまうのだ。しかし、彼女は苦手な作業にも自分なりの解決法を取り入れて対処することで「私もやればできる。私はえらいな」と胸を張れるようになった。

 そして、彼女は「なぜ、発達障害であることを隠し、悩む必要があるのだろう」とも考え、周囲の人に自分たち親子が発達障害であることを積極的に伝えるよう、努力している。こうした彼女の考えには、筆者も強く共感した。

 人は知らないことに対して、必要以上に身構えてしまう生き物だ。特に、目に見えない障害は周囲に伝わりにくい分、理解してもらいにくくもある。筆者自身も先天性心疾患を持っているが、こうした内臓疾患も見た目では分かりにくいため、なかなか理解を得られないのが現状だ。だからこそ、筆者は胸にある大きな手術の傷跡を隠さないよう、意識をしている。

 多感な10代の頃は運動制限がある自分の体に嫌気が差したり、傷跡を見られたくないと思ったこともあった。伊藤氏と同じように「どうしてみんなと同じではないんだろう」と自分を責めたことも少なくない。けれど、年齢を重ねるにつれて、私をしっかりと知ってもらうためにも周囲の人に障害を隠さないようにしようと決意した。そのため、障害の種類は違うが、同じような気持ちを持っている伊藤氏の体験談は心に強く響いた。

 実際、伊藤氏は友人に障害をカミングアウトしたとき、「そんなことは言わないほうがいいよ」と言われたこともあったそうだ。だが、それでも彼女は病院や療養センターでも我が子の発達障害を堂々と話し、ママ友にも積極的にカミングアウトを行っている。また、発達障害である我が子たちにも障害についてきちんと話し、幼少期の自分と同じ悲しみを味わわないよう、配慮している。

今でも私には、悩みがいっぱいあります。できないこともいっぱいです。でも、私はもっと幸せになりたいと欲張っています。そして、自分がワクワクすることを探し続けています。

 そう語る伊藤氏がしたためた「ヘン子な自分への手紙」には、彼女が暗闇の中から見出した幸せの形が記されている。「いいことは、ある」を口癖にしている伊藤氏は果たして、どんな幸福を手に入れたのか本書で確認してみてほしい。

文=古川諭香