現場の教師も苦悩…理不尽な“ブラック校則”に潜むリスク

社会

2018/8/22

『ブラック校則 理不尽な苦しみの現実』(荻上チキ、内田良/東洋館出版社)

 昨年、生まれつき髪の毛が茶色かったという女子高生が、学校側から黒髪を強要され不登校になったとして、大阪府を相手に起こした訴訟が物議をかもした。裁判の焦点になったのはどこの学校にもある「校則」で、この事件をきっかけに、ネット上でもさまざまな議論が交わされていたのは記憶に新しい。

 ちょうど時期を同じくして立ち上げられたのが、校則の実態について調査を続ける有志らによる「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」。そのスーパーバイザーを務める荻上チキさんと、名古屋大学の内田良准教授による書籍『ブラック校則 理不尽な苦しみの現実』(東洋館出版社)が刊行された。

 世代により捉え方も変わってくる問題のようにも思えるが、本書を読むと、大人たちの知らない校則の“今”が垣間見えてくる。

◎下着の色は白…指導する現場の教師からも異論

 本書では「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」がサイト上で募集した、校則により「理不尽な体験」をしたという実際の声が掲載されている。先述の「髪染め強要」はもちろん、驚くのは、以下のような“セクハラ”ともとれる女子生徒の実体験も存在するということだ。

下着の色は白のみ。中学三年の時に、プールの授業があった日の放課後に男性教諭から呼び出され、「下着青だったんでしょ? 白にしなきゃダメだよ? 気をつけてね」と言われた。何処からその情報が流れて来たのかは知らないが、とても怖かった。(愛知県・公立中学校・当事者)

 状況からすると、誰か他の生徒が“密告”したのかもしれないが、男性教諭から下着の色について問われた瞬間の女子生徒を想像すると、怖さをおぼえたというのは想像にたやすいだろう。また、行き過ぎとも思える学校側の指導には、現場の教師からも異論が寄せられている。

服装・頭髪の指導が非常に厳格で、全教員が一丸となって行うことを求められる。(中略)違反者にはプリントが渡され、保護者の確認、期日までに校則通りに直すことを求める。翌日から教員のチェックを受け、期日までに是正されない生徒は、帰宅して直してから登校するように指導。赴任したばかりだが驚き、学年主任に違和感を表明したが、理解されていないよう。職員会議で訴えかけたいと考えているが、同じ考えの同僚がいるかわからず、苦しい戦いになりそうで気持ちが萎える(東京都・公立高校・教員)

 誰に相談することもできず、この内容をモニターを眺めながら打ち込んでいた教師はどのような思いだったのだろうか。日々の業務に加えて、自分の信条を押し殺して指導しなければならないという現場の苦悩も浮かび上がってくる。

◎ルールを厳格にすべきか否か? 軽視されがちな校則のリスク

 本書の編著者である名古屋大学の内田良准教授は、校則には「二面性」があると指摘している。

 そもそも学校側が生徒に対して提供するものは、基本的にすべてが「教育」という言葉のもとに成り立っている。もちろん子どもたちを預ける親もそれを望んでいるだろうが、学校や教師の視点からすればどの活動も「子どもたちにとってよいことなのだ」と信じられているからこそ、あらゆる学校に校則があり、維持されているのだという。

 しかし一方で、教育活動に関する諸問題を「学校リスク」とする内田准教授は、校則には「リスク(危険性)」と「ベネフィット(便益)」の両面があると主張する。ただ、往々にして「ベネフィットが優先される状況下では、リスクが軽視されやすくなる」と述べる内田准教授は、リスクのなかでも「生徒にとって直接的な損害であり、かつ健康さらには生命に関わる事態」とする身体のダメージに注目している。

 そのうちの事例の一つとして取り上げられているのが、1990年7月に兵庫県の高校で発生した「校門圧死事件」だ。

 当日の朝、遅刻の取り締まりを厳格にしていた学校の校門付近には、ハンドマイクを手に「◯秒前!」と生徒たちに発破をかける教師たちがいた。そして、始まりを告げるチャイムが鳴った午前8時30分、一人の教師が鉄製の門扉をスライドさせて閉めようとしていたところ、駆け込んできた女子生徒が頭部を挟まれ死亡したという事件である。

 これについて「学校のルールの厳格な運用が命取りになりうることを、不幸にも実際の事例によって示すこととなった」と内田准教授は述べている。また本来、校則というのは、文部科学省の通知文「『児童の権利に関する条約』について」に書かれているように「児童生徒等が健全な学校生活を営みよりよく成長発達していくためのきまり」であるべきだが、この事件について言及するなかで「ルールはまるで逆の結果を生み出した」と指摘している。

 さて、世の中には「自由は不自由の中にある」という言葉もある。たしかにそれも一理あり、校則があるからこそ、そのすき間を突いて学校生活を楽しむというのも大人になった今では“学生時代ならではの楽しさ”だった記憶もある。

 ただ、大人の社会と比べると、学校は閉鎖的なイメージもある。教師たちや親たちといった「目上の人」に言われるがまま従わなければならない場面もあり、子どもたちにとってどのような校則の運用が適切なのか、いま一度見つめ直さなければならないかもしれない。

文=カネコシュウヘイ