アナタも無縁ではいられない…キャリア20年の専業漫画家が飛び込んだ、介護の世界

暮らし

2018/10/10

『中年マンガ家ですが介護ヘルパー続けてます』(吉田 美紀子/双葉社)

 子供の頃に将来の夢として、漫画家になりたいと思った人は少なくないだろう。昨今では出版社への投稿や持ち込みが減って、SNSで作品を発表して商業誌デビューする例が増えてきたという話も聞く。しかしながらデビューの垣根は低くなっても、プロとして活躍し続けることの方が何倍も大変であるようだ。本稿で取り上げる『中年マンガ家ですが介護ヘルパー続けてます』(吉田 美紀子/双葉社)は、キャリア20年以上の専業漫画家が、40歳を過ぎてから仕事が減ってきて、とうとう仕事がゼロになったため職探しをしている中で飛び込んだ介護の世界を描いたエッセイ漫画である。

 作者によれば仕事が減ってきたのと時同じくして、両親が揃って入院・手術になったことを母親からの事後報告で知ったという。両親は兄夫婦と同居しているから安心とはいえ、親が介護年齢になったことは意識したらしく、とにかく何か「資格」をと思い立ち、試験が無く介護の仕事の基礎を学べる「初任者研修」を受けた。その研修で作者は、すでに現場で働いている人たちと出逢い、「初任者研修が楽しかったのが一番の理由かも」と、実際に介護の仕事を始めた理由を挙げている。とは言っても、その人たちから聞かされたのは、トイレに間に合わない人がいて排泄物を素手で受け止めたなんて話で、作者は潔癖ではないと云うものの、外出時にウェットティッシュが必需品なうえ、トイレ内では口を開けられないため、自分に務まるか不安ではあった様子。

 作者はまず、訪問介護で介護デビューを果たす。訪問介護とは「介護が必要な方に日常生活上のお世話をする仕事」であるが、認知症予防での利用の場合は頭も体も使わないと衰えてしまうから、あくまで料理や掃除を「手伝う」ものであるらしい。しかし実際には、利用者さんに食器を出すのを頼んでもやってもらえない模様。一方、認知症の進んだ利用者さんの家では、玄関に外側から南京錠などがガッチリと掛けてある。徘徊グセがあるからで、閉じ込めているようで気の毒に思えても、鉄道事故で亡くなった認知症患者の遺族に鉄道会社が損害賠償を請求したなんて事例もあるし、働いている息子さんからすれば苦肉の策だろう。そして、重度の認知症の利用者さんは異物を口に入れてしまうため、替えの紙パンツや洗剤などは高いところに保管して、洗い物はすぐ片付けないとならない。たった1時間の訪問介護で「どっと疲れる…」と作者が漏らしているように、同居している家族はもっと大変だと想像される。

 派遣会社の紹介で病院勤務へと移った作者は、精神科病棟を担当することになり、そこでは「抑制(よくせい)帯」と呼ばれる、いわゆる拘束具を目にすることとなる。世間でもとかく批判されがちな、「人を拘束してる」という行為に心情的に慣れない作者だが、ベッドからの転倒を防いだり異物を口に入れてしまうのを防いだりと、患者さん自身を守るためでもあるから、悩ましいところだ。なにしろ1対1の訪問介護と違い、多くの患者さんの面倒を見なければならず、気をつけなければならない点は人それぞれ。トイレに連れていけばトイレの水を飲んでしまうからと、ドアを開けたまま排泄を見守っているのも仕事だし、転倒しやすい人のつき添いでは一瞬たりとも気が抜けない。

 人の排泄の介助などガマンできるか心配だった作者は、「気にしてるヒマがなかった」と慣れていき、やがてオムツ交換を「気持ちいい」と思えるようになっていく。おそらく本書に描いてある以上に大変なこともあっただろうし、病院の次の派遣先である特養老人ホームの会社のトイレでストレスにより吐いたことなどはサラッと流していたけれど、成長物語として楽しく読めたうえ参考になる話も多かった。なによりも介護というものは、親や自分が歳をとってからとは限らず、病気だの事故だのに見舞われれば誰もが面倒を見る側、見られる側になりうる。転ばぬ先の杖として、手元に置いておきたい一冊だ。

文=清水銀嶺