毒母育ちの私が、「女の子」のママになったら……「親になるのがこわい」「いい親になれる自信がない」と思う人へ

アニメ・マンガ

2018/10/16

『お母さんみたいな母親にはなりたくないのに』(田房永子/河出書房新社)

『母がしんどい』(KADOKAWA)が出版されたとき「あ、親をしんどいと思ってもいいんだ」と救われた人はたぶん少なくない。親を“毒”と断じてしまうのにはまだ抵抗があっても、しんどい、と吐き出すことはできる。その感情は、親と自分を切り離す自立の第一歩だ。これまで数々の著書で田房永子さんは、一歩ずつ親の呪縛から解き放たれて“自分自身”になっていく過程を描いてきた。最新作『お母さんみたいな母親にはなりたくないのに』(河出書房新社)もまた、親に対するわだかまりゆえに「親になるのがこわい」「いい親になれる自信がない」と感じているすべての人に読んでほしいコミックエッセイである。

 毒親であるお母さんとの関係に苦しみ続けた田房さんは「娘と一対一」の関係になるのを心底おそれていた。だが、田房さんほどでなくても「お母さんみたいになりたくないな」と思っている人は、やはり少なくないんじゃないだろうか。

 親というのは多かれ少なかれ子供を傷つけるものだし、子供はそれを一生忘れない。それに多くの人は、自分の長所より短所にばかり目がいってしまいがちで、「子供にあんな思いをさせたくない」「自分みたいになってほしくない」という思いにがんじがらめになると、理想と現実の狭間で苦しむことになる。

 実際、田房さんの夫も「俺に似て引っ込み思案」「このままでは俺のようになってしまう」とひどく落ち込みはじめる。田房さんが「そういうあなただから、私と出会ったし、いいこともたくさんあったでしょう」と言ってもいまいち届かない。そんなとき田房さんは、ある講演会で、娘のずぼらを大物の証だと自慢する父親の話を聞く。そして気づくのだ。どんな性格も言い方しだいでネガティブにもポジティブにもなる。そこで娘の引っ込み思案も「苦手なことを察知する能力と自分を守る力に長けている」と言い換えた。すると、ことあるごとにポジティブ変換していたことで、夫のネガティブ発言も減っていった。娘の自尊心を守ると同時に、夫の傷も間接的に癒されていったのである。

 このエピソードに、いちばん泣いた。なんて優しいコミュニケーションだろう。

 人には誰しもA面とB面がある。A面は外側――つまりは世間だ。そちらに照準をあわせると「もっと社交的になりなさい」「友達をたくさんつくりなさい」になる。だがB面――何より守るべき心の内側に照準をあわせれば「自分のペースで今やりたいと思うことをやりつくしなさい」になる。田房さんの母親は、A面に照準をあわせすぎていた。それは娘が恥をかくことのないよう、守るためだったのかもしれないけれど、B面との激しい乖離が結果的に田房さんを大人になるまで苦しめ続けた。そのことに気づいた田房さんは、A面を意識しつつもB面を尊重する子育てを決意する。自分があれこれ口を出さなくても、娘は娘の人生を生きるのだと信じながら。

 子育てを通じ、トライ&エラーを繰り返しながら、自分自身をも癒していく田房さん。その過程を追体験することできっと、読者もまた過去の傷が癒されていく。そんな作品だった。

文=立花もも