女性の遺体が無残に動物に食い荒らされる…残酷な怖い絵はなぜ描かれた? 日本美術の闇と光

文芸・カルチャー

2018/10/15

『闇の日本美術』(山本聡美/筑摩書房)

 日本の歴史的美術の中には、思わず「ひぇっ!」と怖くなってしまうような、おどろおどろしかったり、グロかったりする絵が存在する。「昔の人は、どういう意図でこんな絵を描いたの?」と奇妙に感じることも多い。

『闇の日本美術』(山本聡美/筑摩書房)は、「古い日本絵画の中に描かれた闇をのぞき込み、その深淵を見極め、過去を生きた人々が何に恐怖し、完全には克服することのできない闇といかにして対峙、または共生してきたかを模索する」という挑戦の1冊だ。

 なぜ、昔の人は地獄で鬼に苛まれる拷問図のような恐ろしい絵を描いたのか? なぜ、鬼や怪異を描いたのか? なぜ、病に苦しむ人々を描いたのか? なぜ、死を描いたのか? …そのひとつの見解が、本書では綴られている。

 例えば、鎌倉時代に制作された「九相図巻」と呼ばれるものがある。肉体が無残に朽ちて行く9段階の様子を鮮明に描いたこの画巻のひとつに、「若い女性の死体が、動物によって食いあらされ、皮、肉、内臓が散乱する」図像がある。犬や烏によって食い散らかされているこの死体の内臓や肋骨の位置などは、解剖学的にも正確らしく、「この図像が現実の死体を観察して成立したことをうかがわせる」とか。

 本書ではカラーで、この図像が見られるのだが、なかなかグロテスクだ。目が真っ赤だったり、皮膚が剥げていたり、とび出ている足の骨だったり…結構気持ち悪い。死体を貪り、口元を血で真っ赤にしている犬も怖い。

 このような絵がなぜ、描かれたのか。――それは仏教の教えのためだった。仏教では「出家者が自分自身や他者の肉体に対する執着を断ち切るために、肉体の不浄のありさまを観想(イメージトレーニング)する不浄観という修行」があるそうだ。

 死体が腐乱して朽ちていく様子を描いた九相図は、その修行の際に死体のイメージを補完する目的で制作された可能性が高いという。

 つまり、昔の人はこのグロい死体の絵を見ながら、「どんな美人もイケメンも、死んだらこうなる。肉体はいずれ滅びる。執着しても無意味だ! 煩悩よ消え去れ!!」という感じで修行に励んでいたのだ。(もっと真剣だったと思うけれど…)。

 昔の日本で描かれた怖い絵の多くは、このように仏教に基づいたものが多い。その「教え」を真に理解するためだったり、分かりやすく庶民に伝えたりする手段として描かれてきたのである。

 よって、絵の「恐ろしさ」という「闇」を知れば、当時の人々が何に対し恐怖していたかが分かり、反対に「希望」としていた事柄も分かる。恐怖や悲しみ、恨めしさなどが刻まれた「闇の日本美術」の魅力を知れば、そこから読み取れる光を、絵画という作品の中から発見することができる。

 本書では闇の中に沈殿している、かつての日本人の想いを掬い取る試みがされているという。読者はきっと、その掬い取られた想いの中に、今も変わらない普遍的な恐怖や希望を見出すのではないだろうか。

文=雨野裾