19歳でガンを患い、余命宣告――ともに闘った夫が初めて明かす、出会いから永遠の別れのときまで

恋愛・結婚

2019/1/3

『最後の「愛してる」』(前田朋己/幻冬舎)

 前田朋己さんと山下弘子さんは、ある1つのことを除いて、どこにでもいる普通のカップルだった。イマドキらしくマッチングアプリで出会って交際をスタートさせ、「好き」とケンカを繰り返す恋人期間を経て、結婚を果たした。その後は、子どもに恵まれ、幸せな家庭を築き、仲睦まじく年を取っていく…はずだった。

 この2人にはたった1つだけ、世のカップルたちと大きな違いがあった。山下さんが若くしてがんに侵されていたのだ。『最後の「愛してる」』(前田朋己/幻冬舎)は、がんと闘いながら最後まで誰かのために、そして大好きな前田さんのために生き抜いた、山下弘子さんの軌跡を記した1冊だ。

■私、シュヨウが見つかったの

 2013年6月6日。前田さんと山下さんはマッチングアプリを通して出会った。当時、前田さんが33歳の兵庫県議会議員で、山下さんが20歳の大阪在住の大学生。肩書と年齢が違うものの、旅行好きという趣味が一致し、食事デートで意気投合した。

 ちょっと良い雰囲気になった頃、山下さんは前田さんにカミングアウトした。

「私、シュヨウが見つかったの。でもね、手術は成功したの」

 感情をなるべく押し出さないように気をつけた、淡々とした話し方だった。前田さんは、突然のカミングアウトに、頭の中で言葉が何度かリフレインしてようやく「腫瘍」、つまりがんを理解したという。

 普通の人なら困惑するところだが、子宮がんを取り除いて今では元気に暮らしている母親の経験があったので、前田さんは「あまり気にしなくていいんじゃない?」と何気なく返した。そのあっけらかんとした様子に、カミングアウトした山下さんが戸惑っていたそうだ。

 その後、2人は連絡を取り合い、わずか3日後にはアウトレットモールへ行くドライブデートに出かけたという。このデートのとき、山下さんは再び前田さんにカミングアウトした。

 初めて会った前田さんの印象は、チャラそうでいまいち良くなかったこと。8ヶ月前の2012年10月、肝臓に2キロにも及ぶがんが見つかり、余命半年を宣告されたが、無事に手術が成功したこと。ところが最近になって肺と肝臓に転移が見つかり、再び通院しながら抗がん剤治療を開始したこと。

 それでも前田さんと2回目も会おうと決めたのは、がんをカミングアウトした後でも普通に接してくれたからだそうだ。山下さんが前田さんを試したのだ。

 病気は、人の運命を大きく変える。恋愛盛りの女子大生であっても体に腫瘍が見つかっただけで、同世代が楽しめることができなくなる。普通の人生さえ、もう望めないかもしれない。そんな絶望が彼女を襲っていたのではないか。健康に生きる私たちがいかに恵まれ、そしてその幸せに気づいていないか、本書を読むと痛感する。

 山下さんが望んだのは普通の生活。そしてその普通を、がんに動揺することなく接してくれた前田さんに見出せた。このデートを機に、2人の交際が始まった。

■「生きてさえいてくれればいい」

 2人の交際は順調だった。山下さんはがんであってもポジティブだった。いつも明るく楽しそうな彼女から、とてもがんは想像できなかった。そんな彼女の姿に前田さんはどんどんひかれていき、“ぞっこん”になったという。

 交際中は何度か海外旅行に出かけ、楽しい思い出を作った。その思い出の写真が本書に掲載されている。どこから見ても普通のカップルだ。うらやましい。

 それだけでなく、がんでありながら前向きに生きる彼女の姿に、母校の先生が講演を依頼。それを皮切りに山下さんへの講演や取材が舞い込むようになり、「私の話が誰かの役に立つのなら」と、体に負担をかけながら自身の思いを人々に伝えた。

 2015年には前田さんが実質的なプロポーズをした。山下さんが前田さんをフる、破局を迎えるハプニングがあったものの、紆余曲折を経て2017年6月、ついに結婚。幸せの絶頂を迎えた。

 ところが、運命は確実に近づいていた。2016年8月、山下さんが咳をすると、口からグロテスクな肉塊が出てきた。肺の中に小さながんを20個ほど宿していたため、4月頃から喀血していたのだが、ついに咳の拍子で口からがんの塊が出てきたのだ。結婚を控えた2016年12月、定期検診で骨とリンパと心膜に転移が見つかる。2017年10月、ベッドで寝ていると「いたぁーい!!」と絶叫するほど、胸に激痛が走る。

 確実にがんは進行していた。そして2017年の秋ごろ、妊娠できないことが判明する。子宮付近に放射線治療を受けていた山下さんは、赤ちゃんが望めない体になっていた。

 山下さんが望んでいたのは普通の幸せだ。それを「人生のフルコース」と表現していた。

「好きな人と結婚して、好きな人の子どもを産んで、年老いて、孫ができて。人生のフルコースを味わいたい!」

 それはもう不可能だった。幸せが形になるほど弱っていく彼女の姿に、前田さんはどんな気持ちを抱いていたのだろう。結婚式を挙げた直後から山下さんが車いすに乗るようになり、新婚旅行さえもやっとの思いで果たした。

「生きてさえいてくれればいい」

 心の底から願う唯一の望みを、前田さんはよく口にした。愛する女性を、生涯共にすることを約束したパートナーを、失う辛さが本書の後半から表れている。その一文一文を目にするだけで胸が打たれる。大切な人との別れは突然であり、そしてあっという間だ。

■小さな奇跡がつながって今の私を作っている

 本書には、山下さんが結婚式の披露宴の最後で読んだ手紙が掲載されている。その内容は、出会いとご縁に感謝し、命に感謝し、そしてこれからも力強く生きていく彼女の強い決意が表れている。同時に、普通の人生を当たり前に生きる私たちに宛てたメッセージではないかと感じる。

母はよく、ひろは今生きているだけで奇跡、といいます。
私もそう思います。
それはドラマチックな大きな奇跡というよりは、ごく日常に溢れている愛情、心配、関心がつながった小さな奇跡。
その小さな奇跡がつながって、今の私を作っています。
今までの人生、すべてに意味がありました。
かけがえのない、奇跡の連続です。

 私たちは「人生のフルコース」を味わうべく生きている。しかし時に、その味に飽きてしまうことがある。「当たり前」に慣れてしまうのだ。だから間違ったことをすることもある。けれども、いつかはまた思い出したい。「人生のフルコース」の素晴らしい味わいを。小さな奇跡がつながって、今の私が作られていることを。

 人間として素晴らしい彼女が、なぜがんに冒され、最愛の人と悲しい別れをしなければならなかったのか、本当に胸を痛める。本書の後半は心を震わせながら読み進めることになるだろう。

 山下弘子さんが生きた5年間は、小さな奇跡がつながってできあがった“普通”でかけがえのない毎日だった。きっとそうだ。

文=いのうえゆきひろ