あなたの悲しみに愛をもってよりそう――春夏秋冬に彩られた恋愛小説『生きてさえいれば』

文芸・カルチャー

公開日:2019/1/11

『生きてさえいれば』(小坂流加/文芸社)

 発売してわずか6ヶ月で売上20万部を突破し、いまなお多くの読者に感動を与え続ける恋愛小説『余命10年』(文芸社)。作者・小坂流加さんの実体験をリンクさせた胸を打つフレーズと「命」を感じさせるストーリーは、読者に“ひとりの女性の生き様”を刻みこんだ。

 小坂さんは、2017年2月、病気が悪化して亡くなった。同年5月に刊行された『余命10年』は遺作となったのだ。小坂さんの次回作を目にすることができず、残念に思うファンが多かったのではないか。

 ところが、小坂さんは別の作品も書き上げていた。ご家族のご協力もあって出版となったのが、『生きてさえいれば』(小坂流加/文芸社)だ。前作で描かれた「命」と「つながり」をテーマにした世界観は、「感動」という輝きを放ちながら本作でも生き続けていた。

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■春夏秋冬に彩られた登場人物たち

 小学校6年生の千景(ちかげ)は、叔母(春桜・はるか)が入院する病院へ何度も足を運んでいた。自殺を考えるほどいじめが辛くて、春桜のお見舞いを口実にしていたのかもしれない。もしくは7年前まで読者モデルとして活躍し、日本中を虜にしたほどの(このときは千景はそのことを知らない)可憐な彼女に淡い気持ちを抱いていたのかもしれない。とにかく千景は、心臓を患って満足に歩けない春桜のもとへ何度も足を運んだ。

 ある日、いつものようにお見舞いに行くと、千景はある封筒を見つけた。「羽田秋葉さま」に出すつもりの手紙だった。住所は書かれていない。叔母に「出してこようか?」と尋ねると、「これはいいの」と答えた。諦めに似た寂しさが漂う。

 病状が進行するごとに、儚い美しさをまとう彼女の姿に、千景は誰にも告げず一人で手紙を届けることにした。それが叔母にできる唯一のことだと思った。羽田秋葉という人を探しに、千景は東京から新幹線に乗って大阪へと旅立つ。

 そしてその大阪の地で、千景は羽田秋葉と奇跡的に“再会”する。千景は秋葉の話を聞きながら思い出すことになる。小さい頃、実は秋葉と何度か会っていたことを。秋葉と春桜との間に、切なくて温かい物語があったことを。

 本作のストーリーの鍵を握る登場人物は、5人いる。

 かつて読者モデルとして活躍し、今は心臓を患って入院する「春桜」。
 その姉であり春桜を異様に邪険にあつかう「冬月」。
 春桜が手紙を出そうとした相手であり、かつて恋人だった「秋葉」。
 春桜に秋葉を奪われることを恐れる、車いす生活を送る妹の「夏芽」。
 そして冬月の息子であり、この4人の関係をつなぐ役割を果たす「千景」。

 春夏秋冬それぞれにうつろいの景色があるように、人生を歩んだ道のりで見えたものが彼らにはあった。それが複雑に交錯し、微妙な人間関係を保っていた。しかしある事故がきっかけでバランスが崩れてしまう。

 もう二度と戻れないはずの、7年前に止まった時が、千景が届ける手紙をきっかけに動き出す。たった1枚の手紙が、再び5人の「つながり」をもたらすことになる。

■あなたの悲しみに愛をもってよりそう

 幸せとはいったい何だろう? 仕事で成功を収め、金と名声を手に入れることだろうか。恋人と結婚し、子どもを産むことだろうか。それとも誰にも縛られない自由な生活を送ることだろうか。

 これらも幸せな人生だが、あくまで形だ。心満たされる“ほんとうの幸”とは、心の中にあるのではないか。見えるものではない。感じるものだ。

 7年前、春桜は人気の読者モデルだった。彼女の容姿に勘違いする男性もたくさんいた。雑誌を読んだ女性みんなが春桜の服装の真似をした。しかし、誰も彼女の本当の姿を見てはいなかった。崇拝するファンがいても、彼女はいつもひとりだった。

 彼女は人気の読者モデルであると同時に、ひとりの女性だったのだ。そしてそれに気づいたのが、羽田秋葉だった。あるとき、春桜は秋葉に“りんどうの花言葉”を話した。「悲しんでいるあなたを愛する」。この花言葉を春桜はこう意訳した。

「あなたの悲しみに愛をもってよりそう」

 あなたの悲しみさえもありのまま受け入れて、愛したい。この気持ちを持てる人は、どんな心の持ち主だろう。

 作中で春桜は心臓を患って入院している。それは、作者である小坂さんの姿と重なる。春桜のセリフに、小坂さんはどんな思いをこめたのだろうか。今となっては分からないが、本作が「生きてさえいれば、“ほんとうの幸”を見つけられる」というメッセージが伝わるストーリーであることは、間違いない。

 前作『余命十年』で描かれた「命」と「つながり」をテーマにした世界観は、春夏秋冬を通して本作でも生き続けていた。この恋愛小説が、再び読者に感動を与えることになるだろう。

文=いのうえゆきひろ