枕元の老婆やピンクの小人が見える摩訶不思議な「幻覚」を、脳科学で説明すると?

健康・美容

2019/1/9

『幻覚の脳科学 見てしまう人びと』(オリヴァー・サックス:著、大田直子:訳/早川書房)

 夜中、ふと目を覚ますと足元に見知らぬ老婆が…。こんな体験をしたら、多くの人は幽霊が出たと思うだろう。

 あるいは、部屋の片隅に身長15cm程度のピンク色の小人がいて、こちらをじっと見ている…。こんな体験をした人は、小人の実在を信じるかもしれない。だが、これらはたいていの場合、脳が見せている「幻覚」であり、脳神経科学的に説明がつく現象なのだ。

 そんな、人間の見てしまう「幻覚」のさまざまな症例を紹介する医学エッセイが『幻覚の脳科学 見てしまう人びと』(オリヴァー・サックス:著、大田直子:訳/早川書房)だ。著者は脳神経科医で、ロバート・デ・ニーロ主演の映画『レナードの朝』の原作者。また、話題となった『妻を帽子と間違えた男』(早川書房)の著者でもある。

■幻覚のバリエーションは、あなたの想像以上に幅広い!

 本書が示す幻覚のバリエーションは、信じられないほど多岐にわたる。たとえば、そこにないものが見える“幻視”は幻覚の代表的なものだが、その幻視にも、知らない人の姿が見えるといったものから、意味不明の文字列や音符、幾何学模様が見えるといったものまである。

 はたまた、実際にはない音やにおいを感じる“幻聴”や“幻嗅(げんしゅう)”。手足を失った人が存在しない手足の存在を実感する“幻肢(げんし)”や、その反対に自分の手足を他人のものに感じる奇妙な感覚。自分の体がふくらんだり、縮んだりするように感じる「アリス症候群」。さらに、「低い変ロ音のにおい、緑色の音」といったように複数の「幻覚」が融合して現れることさえある。

 こういった幻覚を見たり感じたりした人は、幽霊や小人などの超常現象を信じるか、さもなければ自分が精神病にかかったと思うことが多い。たしかに、ある種の精神病の症状として幻覚が見えることはある。しかし、そうでなくても、偏頭痛や癲癇(てんかん)、薬物やアルコールの影響、ショックな出来事、老衰、出産、手術など、あらゆることが原因で、人は幻覚を見てしまう可能性があるのだ。

 記憶に残らないだけで、眠りにつく瞬間や目覚めの瞬間に夢とはまた違う幻覚を大半の人が見ているのだともいう。つまり、幻覚は特別なものではなく、だれでも体験しうる日常的なことなのだ。

■現実と幻覚の境界線を見極めることは可能?

 現在では、それらの幻覚が脳の活動によるものだということがわかっている。脳の電気的活動や代謝活動を調べると、たとえば顔の幻覚を見ているときは、人間の顔を認識・識別する右側頭葉が異常に活性化していること、左脳にある視覚性単語形状領域が刺激されると文字の幻覚が見えることなどが明らかになっているのだ。眼や耳、鼻、皮膚などの感覚器と脳は、細いクモの糸で繊細かつ複雑に結ばれているようなものなのだろう。だから、いとも簡単にこんがらがる。

 あなたに見えているもの、聞こえているものは、はたして「現実」なのか、それとも「幻覚」なのか? …それを判断するのは、意外と難しいことかもしれない。

【あわせて読みたいもう1冊!】
同じく脳神経科学をテーマにしたノンフィクションでは、ラマチャンドランの『脳のなかの幽霊』(角川書店)が有名。本作にハマったら、ぜひこちらもどうぞ。

文=奈落一騎/バーネット