がん告知。その先の人生を幸せに送るために、今考えておきたいこと

健康・美容

2019/1/21

『がんに生きる』(なかにし 礼/小学館)

 いまや、がんは不治の病ではなくなったといわれる。とはいえ、死を想起せずにはいられない病だ。がん告知に向き合わねばならない局面は、いつ誰におとずれてもおかしくない。筆者もがんに侵された友人をもち、彼が身をもって教えてくれている何かを学びとりたいと思い、本書『がんに生きる』(なかにし 礼/小学館)を手に取った。もし自分が病と闘う立場になったら、どう反応しどう行動するのだろうか?

 悶々としていた心に、著者のなかにし礼氏は天啓を与えてくれた。治癒を果たした著者は、がんは治る病気だと語り、同時に、人生を輝かせ悔いのないように生きるきっかけとして捉えるべきだとポジティブに受け止めている。治癒に至る過程は壮絶で、私たちの想像を超えたものである。だが、単なる治療体験や闘病記というわけではない。筆者が本書から学び取ったポイントをいくつか紹介したい。

■病と闘う戦略は、医師や病院ではなく「自分のため」のもの

 がんと闘う“戦略”は誰のものか、についてまず考える必要がある。著者は、医療との関わりあい方を「善き人ではなく、正直な人として行動すべき」と強調する。

 著者は何人もの医師から治癒のためには手術しかないと伝えられたが、心臓に持病があったため、手術ではない形で自分に合う治療法を探し求める。そして、著者の場合は陽子線治療にめぐり合い、切らずに治癒に至ったという。陽子線治療とは、がん細胞を狙い打ちにする比較的体に負担の少ない先端治療だ。また、その現場で見たのは、医師が政治的功名心の下に技や手術数を競うような、いわゆる“白い巨塔”とは別の、技術者たちの純粋で真摯な仕事ぶりであったという。

 著者は、医師とのやり取りにおいて「患者として素直だと思われよう」とし過ぎる心理について懸念する。治療法への向き合い方は、患者本人が決めるべき最初の分岐点だからだ。自分の命や生活の質は言うまでもなく自分自身のことであり、自分が納得できる治療法を選ぶべきだという。

■「死に向き合う自分」は、心強い相棒である

 そして、治療における戦略の次に重要なことは、心の問題であろう。それは、がんと自分の人生との折り合いをつける心の中の葛藤だ。著者は、がんという病を抱えた“もう一人の友人”を見つけたという。それは、がんに侵された自分のボディと、精神的存在としての自分という、いわば「2人の自分」という存在だ。この2人は悔いのない人生を送るために、これから取り組みたい仕事と残された時間との折り合いつけるために、対話を繰り返す。死を前提とした対話によって、どう生き、どう死ぬかの思考を繰り返したのである。そして、これを通じてがんを“再成長のパートナー”とまで考えるようになったのだ。

 著者は自身の死生観について、人生をひとつの夢だと思えば何も恐れることはない、と閑吟集の一節「一期は夢よ、ただ狂え」を引用して述べる。

「人生のあらゆる場面を現実だと思ってしまうと、その人は現実の跳躍力、現実的な思考能力しか発揮できない。でも夢の世界だと思えばいろいろな可能性を持って飛躍することができる」と語るのだ。

 日本人でありながら大陸生まれゆえによそ者意識が抜けないと語る著者は、がん治療においても、「空気に流されがちな患者」のあり方について疑問を感じるという。著者は、日々がんに立ち向かっている研究者と同様に、患者自身も全身全霊で病と闘うべきだと述べる。著者のいう「がんに生きる」とは、自身の体と心の再生を追求するプロセスなのだ。

文=八田智明