特別にエッチが好きだったとかではなかった――AV女優・つぼみ12年目の真実

エンタメ

2019/2/2

『わたしのこと。』(つぼみ/二見書房)

 AV女優が自伝やインタビューで生い立ちを語るとき、往々にして過激な内容になることが多い。もちろん、さまざまな苦労をしてきたからこそ、その職業を選んだのは事実なのだろう。ただし、読者やインタビュアーの期待に応えようとして、あえて過酷さを強調していると感じる瞬間もなくはない。それが悪いという話ではなく、AV女優とは他人から抱かれる幻想に忠実であろうとする職業なのだと思う。

 だからこそ、つぼみさんの自伝を読んだときの感想は「とても素直な人だ」というものだった。2006年にデビューした彼女は、常に業界トップクラスの人気を保ち続けてきた。『わたしのこと。』(二見書房)には、つぼみさんの率直な想いが込められている。「永遠の処女」などさまざまな称号を持つ彼女だが、本書では幻想を取り払った1人の女性の姿を読み取ってほしい。

特別にエッチが好きだったとか、誰にも話せないような過去があるとか、憧れのAV女優さんがいたとか、インタビュアーさんが期待するような話はひとつもありませんでした。
ただ、やってみようと思った。本当にそれだけでした。

 つぼみさんがAVを始めたきっかけはとても呆気ない。専門学校時代、バイト雑誌に載っていた電話番号にかけただけだ。大手レーベルのエスワンからデビューするも、そのすごさすら分かっていなかったという。そんな彼女が企画単体女優になって10年以上も活躍することになるのだから、人生とは本当に不思議だ。

 本書では、つぼみさんが一貫して淡々と人生を振り返っていくのが印象的である。AVデビュー後、バイト先にバレたり、家族に仕事を打ち明けたり、普通に考えればハードな出来事が起こっている。しかし、つぼみさんは読者の同情をあおることも、笑い話に変えようともしない。ただ、事実を事実として冷静に語っていくのである。

 なぜこうした語り口になるのかというと、彼女の中で「つぼみ」と「わたし」は別の人間だからだ。「つぼみ」とは、あくまでカメラを向けられたときに彼女が演じているキャラクターでしかない。だから、「わたし」が「つぼみ」について語るとき、他人事のような文章になるのである。

 そもそも、つぼみさんは感情を表現するのが苦手だ。そして、内なる世界に閉じこもりたがる傾向がある。つぼみさんは保育園時代から高校生になるまでずっとピアノを弾いていた。「ピアノがすべて」というほど熱中していたが、ある日、つぼみさんは気づいてしまう。自分が音楽を作ったり、人に教えたりすることに興味を持てないと。つぼみさんにとって、ピアノは自分の世界を守るための時間だった。しかし、それだけでは生きていけないのだと分かり、彼女は突然ピアノを辞める。「意味がないから」と言って。

 ピアノを失ってからのつぼみさんは、人生や将来について無関心ともいえる。AV史に名を刻むほどの人気女優になったにもかかわらず、彼女は今後のキャリアにまったくこだわりがない。需要があるうちは続けて、なくなれば辞める。引退後の人生について悩むこともない。「結果的にはわたしだけの問題」なので不安はないという。そう、人前に立つ仕事なら誰もがあるはずの承認願望や表現欲求がつぼみさんからは欠落しているのだ。だからこそ、つぼみさんはいくつになってもファンの幻想を背負って活動を続けられるのだろう。

 そんな彼女にとって、本書は「つぼみ」と「わたし」を混ぜ合わせる作業だった。AVに出るようになってから生まれた「つぼみ」と、心の奥底に沈んでいた「わたし」は今、ゆっくりと同化しつつある。2人が1つになったとき、新しいつぼみさんはどんな顔を見せるのだろう? 彼女のように、自分を表現するのが苦手な女性読者にも触れてほしい一冊だ。

文=石塚就一