“自分の本当の心”に出会う、雅やかなアナザー京都での物語!『京洛の森のアリス』

文芸・カルチャー

2019/2/5

※「ライトに文芸はじめませんか? 2019年 レビューキャンペーン」対象作品

『京洛の森のアリス』(望月麻衣/文藝春秋)

「やりたいことをやるのが一番」。よく言われることだけれど、実際にそうすることは難しい。今の暮らしを壊すわけにはいかないし、食べていくためにはお金も必要だ。でも、もしもそんな制約のない世界があるとしたら? あなたは、自分のやりたいことを、お金以外のために、楽しんでやることができるだろうか?

『京洛の森のアリス』(望月麻衣/文藝春秋)の主人公・ありすは、そんな状況に直面せざるをえなくなった女の子だ。

 幼いころ、事故で両親を亡くしたありすは、東北にある叔母夫妻の家に引き取られた。だが、叔母夫婦に経済的な余裕はない。「高校へは進学させない」と言う叔父に絶望し、ありすは、淡く美しい初恋の思い出のある故郷・京都に帰ろうと決意する。

 けれどありすは、まだたったの15歳。京都に帰り、仕事をするにはどうすれば──。そんなふうに考えていたところ、ありすは、通っていた書店の店主に、京都が特集されている雑誌をもらう。それに載っていた舞妓の記事は、ありすに衝撃を与えた。置屋(舞妓が暮らす店)に入れば、15歳でも京都で仕事をし、暮らしていけるというのだ。ありすはすぐ京都に電話をかけて、舞妓になりたいと訴えた。その想いが通じたのか、返事は「ぜひ、来てください」。いよいよ京都に旅立つというその日……。

「お迎えに上がりました」

 男は、黒いシルクハットを手に頭を下げた。
 初老の紳士だ。右目に片眼鏡、黒いスーツの胸ポケットにハンカチ、手には白い手袋、足許には黒い革靴が光っている。おそらく、胸ポケットの留め金は懐中時計だろう。
 まるで英国紳士のような出で立ちであり、そんな彼の背後には、誂えたかのような大正時代を思わせるアンティークな高級車が待機している。

 時代錯誤な気もするが、古都からの使者ならこんなものか。そう考えて車に乗り、眠り込んだありすが目を覚ますと、そこはもう鴨川の手前。運転手に蛙とうさぎのぬいぐるみを贈られて、五条大橋を渡ったとたん、ありすの周囲では妙なことが起こりはじめる。ぬいぐるみは喋りだしてお茶を飲む、街ゆく人には尻尾がついている、世話になる置屋に着けば、女主人に「ここは、あんたの知ってる京都と違う」と宣言される。そう、ありすが今いる“京洛”は、心底やりたい仕事をやらなくては存在できない、不思議な世界だったのだ。

 帰る場所のないありすは、京洛で暮らしていくために、喋るぬいぐるみ、蛙のハチスとうさぎのナツメとともに奮闘する。ところが、「自分を偽らないこと」は、思った以上に難しい。がんばるありすを応援しながら、わたしたちは自分を顧みる。本当にやりたいと思う仕事は、「儲かるから」やりたいのではなかったか? 「他人によく思われたいから」と遠慮し、ひそかに妥協していたことはなかったか?

 驚くような出来事、目から鱗が落ちる発見、思いがけない再会が次々と起こる、雅やかなアナザー京都での物語。ライトな読み口ではあるけれど、お話の森は深い。本好きのありすに誘われ、ストーリーへと分け入れば、あなたもきっと、自分の心という名のワンダーランドに出会うだろう。

文=三田ゆき

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