「皇室のあり方」までも変えていた⁉ 美智子妃という「奇跡」に今迫る

社会

2019/3/24

『美智子さまという奇跡』(矢部 万紀子/幻冬舎)

 小学校での社会科の授業でのことだったと思う。習ったのは「象徴としての天皇」について。当時の私にとっては「天皇」はとても遠い世界の人、よくわからない存在だった。「王様でも、皇帝でもない、ショウチョウ? 何だろう?」と、幼いながらに思っていた。さて、今も自分が、皇室に対して同じような遠さを感じているかというと…。全然違っている。親しみが持てるというか、以前よりずっと近い存在に感じられるようになった。天皇、皇后両陛下について中学生の娘に聞いてみたところ、「おひなさまみたいで可愛い」との反応。この近さ、皇室に対する距離感が、小学生の頃の私とは全く違う。どうしてこんなに変わったのだろう?

『美智子さまという奇跡』(矢部 万紀子/幻冬舎)を読んでまず思うのは、「美智子妃」がいかに優秀な「皇室スポークスマン」であったかだ。それまでの常識を打ち破る「平民」出身、美しくて聡明な姿、皇太子とのロマンチックな逸話…登場から国民を夢中にさせる魅力にあふれている。いざ皇室に入られると、決して自分から目立とうとはされず、さりげなく振る舞っていらっしゃるが、「人に対する根本的な信頼感と、他者を理解しようと思うお心」をいつも保ち続けている。

 例えばカメラマンに囲まれれば、「理不尽」を訴えるよりも「いかにカメラマンが満足するか」に心を配り、ごく自然な様子でポーズを変えて、全てのカメラにきちんとおさまるよう、不平等が生じないよう配慮されるのだとか。さりげない心配りで人々を感激させたエピソードは、本書のあちこちで紹介される。

 一時話題となった「体重減」そして皇太子妃に対する「嫁いびり」報道でも、不平、不満は口に出さず、「つらい気持ちは正直に示すが、前向きさを忘れない」。その姿に感動し、応援する人が続出。「ミッチーファン」は減るどころか年々その数を増やし、皇室人気を磐石なものとしていく。

「振る舞いが自ずと皇室の維持発展となる」美智子妃は、国民と皇室をつなぐ「かすがい」であり、戦後の象徴天皇制により、存在意義が不透明となった皇室に、再び支持と人気を取り戻し、その存続を確かなものとする「切り札」ともなったのだ。そして今や、「皇室」は人々に当たり前のように受け入れられて、むしろ「親しみ」さえ感じられる存在になっている。中学生に「可愛い」と言わせてしまうほどに。

 そこには天皇、皇后両陛下の大きな努力があったのだろう。「国民ファースト」を信条とするよう教育された「天皇」、そして、それを実現するために選び抜かれた「美智子さま」という存在。そんな二人であったからこそ可能であった「天上人」「現人神」だった戦前からの、鮮やかなイメージチェンジ。たった一代で、その印象を180度変化させるなんて、考えてみたらとてつもないことだ。「美智子さまを妃殿下にした人がいちばん偉い」という言葉に、深く納得してしまった。

 そして今年、天皇陛下は譲位され、新たに皇太子さまが天皇に即位される。が、さまざまな問題を抱えての出発になることは確かだ。この問題の根源が、現天皇、皇后両陛下が信条とされた「開かれた皇室」にあるとしたら、これほどのジレンマはない。確かに今の皇室に対するマスコミの態度は、まるで芸能人に対するそれと変わらない。ほぼプライバシーはない状況だ。だからこそ問題が起こるし、明らかになってしまう。いったいこれからの皇室はどうなるのか? そこで示される回答が興味深い。「皇室は存続することが重要。そして存続するためには多様性が必要」「すばらしい天皇を国民は求め続けるべきではない」。つまりは皇室にも「それぞれの個性」を認める、ということだろう。国民の理想を押し付けず、等身大の、その人らしい皇族の姿を、そのまま私たち国民が受け入れることが必要なのかも知れない。

 戦後、皇室というものが大変革を迫られた時に現れた美智子妃。いかに「奇跡的な存在」であったかを、さまざまなエピソードと共に、再認識させられる1冊だ。

文=川嶋 由香里