8年間彼氏なし、35歳シングル女性が、結婚、出産、仕事の昇進試験など、前向きになれない問題にどう立ち向かう?『大人になったら、』

文芸・カルチャー

公開日:2019/5/8

『大人になったら、』(畑野智美/中央公論新社)

 年を重ねるにつれて、考えなければならない事柄は増えてくる。結婚、出産、仕事――。自分は誰とどんな人生を送りたいのかを判断せねばならない瞬間が否応なく訪れる。「年齢なんて関係ない」という言葉に救われつつも、高齢出産のリスクや、何度も訪れるわけではない仕事の昇進のチャンスを同時に考えている自分がいる。

 大人だからといって、これらの問題にベストな答えが出せるわけでもなく、悶々と悩む日々が続くのが実情だ。

 畑野智美さんの『大人になったら、』(中央公論新社)は、北欧風のチェーン系カフェ「キートス」で副店長をしている35歳のメイの物語だ。メイは8年前、27歳の誕生日に、10年付き合った相手と別れてから、彼氏はいない。また、愛人をつくって家を出た父とは長年会っておらず、母親も乳がんで亡くした過去を持っていた。

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 現在は、彼氏はいないものの、学生の頃から支え合ってきた独身の友人もいて、充実した日々を過ごしている。だが、新卒で入社して、30歳になる前に寿退社する予定だった今の会社で、いつまでも副店長という立場でいるわけにもいかず、店長への昇進試験の話から目を逸らすことができなくなる。また、周囲からも「子供を産むなら早い方がいい」と言われ、結婚も昇進も、前向きな強い意志がないのにもかかわらず、変化していく状況について行くことができないでいた。

 本書は「ずっとこのままでいたいな」と現状維持を望んでも、そうはならない現実の苦しさを描きながらも、魅力的な登場人物が多く登場し、主人公のメイが少しずつ人生を切り開いていく様子に心を惹かれた。

 例えば、新卒で入社したばかりの杉本君。ゆとり世代で、帰国子女でもある彼は、背が高くイケメンだが、生意気だ。なかなか仕事を覚えない上に、メイに8年間彼氏がいないことを「気持ち悪い」と言ったこともある。だが、杉本君は徐々に、メイのことをとても大切に思っている愛すべき人間であることが判明して、ニヤニヤが止まらなくなった。

 また、7年間毎日キートスに来ているお客さんで、予備校の数学講師をしている羽鳥先生。彼はあることがきっかけで、メイの将来を後押しする言葉をかける。そうしてメイは次第に彼のことを意識するようになるのだが、長い間誰のことも好きになれなかった彼女が、

わたしが羽鳥先生を好きになっても、羽鳥先生はわたしを好きになってくれない。そう思ったら、羽鳥先生が好きになった。(p.217)

 と自分の気持ちに気づくシーンは、心に深くしみ入り、泣きそうになった。

 他にも、悲しい過去を抱えたバーのマスターや、いくつもの寂しさや辛さを一緒に乗り越えてきた女友達のみっちゃん、気心の知れた店長など、メイの周りには素敵な大人たちがたくさんいる。

 本書は、劇的な展開は何も起こらない。メイはモヤモヤと悩んだ末に、堅実な判断をする。大胆な行動はしないし、未来に展望があるわけでもない。しかし、だからこそ自分の足元をしっかり見つめながら、人生の選択をしていくのも悪くはないと気づかされ、励まされた。誰かと自分を比べて辛くなった時や、ポジティブになれない時、じわじわ効いてくる物語である。

文=さゆ