30年前の馬鹿げた研究が人の命を救う!? 正しい「馬鹿」の育て方とは――

ビジネス

2019/5/7

『世界初は「バカ」がつくる 「バカ」の育ち方あります!』(生田幸士/さくら舎)

「馬鹿」の語源は、サンスクリット語の「無知」や「迷妄」を意味する「baka」を音写した「莫迦(ばくか)」から転じたという説があるが、日本では鎌倉時代の末期から室町時代にかけて「とんでもない」という意味で用いられていたそうだ。本稿で紹介する『世界初は「バカ」がつくる 「バカ」の育ち方あります!』(生田幸士/さくら舎)は、バカの秘めたる可能性を力強く説く1冊だ。

 著者は、医用ロボットの先駆者のひとり。2018年にはロボットの国際会議において過去30年間で最も影響力があった論文賞を受賞したものの、その発表時には会場外の展示場にいたため「あれっ、イクタ(生田)はいないのか?」となってしまった。著者は他の研究者の発表するロボットを見学するのに夢中になっていたのだ。賞を贈られたその論文は著者が30年も前に発表したもので、評価された点は「他の研究者の論文に最も多く引用された」こと。つまり、それだけオリジナリティーがあったことを意味している。

 30年前の論文で著者が研究していたのは、くねくねと動くヘビ型ロボットで、当時のロボットの主流は工業用のロボットだったため、周囲からは「気持ち悪い!」とか「おもちゃじゃん」といった評価ばかりだったらしい。しかし、とある医者が著者の指導役に当たっていた教授と助教授に「お腹に入っていく蛇はつくれないのか?」と問い合わせ、それは折しも形状記憶合金が開発された頃で、金属材料工学科出身の著者が「私ならつくれます」と手を挙げたそうだ。ただし、まだ当時の技術では実現できるものではなかった。なにしろ、形状記憶合金は温度で形状を変化させるものであり、制御するのに必要な共通のJIS規格すら存在しない状況だった。

 それでも5年の歳月をかけて世界初のヘビ型内視鏡ロボットの開発に成功し、1986年に国内で論文を発表したが、「まあ、面白いけどね」と笑われておしまい。

 ところが1988年にアメリカで発表すると多くの人に評価されたうえ、後年になって手術支援ロボットを開発した人物からは、「イクタのロボットを昔見て、ロボットが医療と結びつくんだなと思ったのが、発想の元」といわれたという。

 福島の原発事故のとき、日本のロボットが現場に投入されなかったことから、国内のロボット研究者は海外から「何をやってるんだ、日本のロボット屋は」と怒られたそうだ。アメリカのロボット開発は軍事産業と密接に結びついており、今では身近なロボット掃除機をつくっている企業も、可動式戦術ロボットなどで軍事に参入しているくらいだ。

 一方で、日本では北海道大学が防衛省からの軍事研究費を拒否したと報道されたことにもあるように、軍事開発と技術の間には距離がある。だが、昭和三大馬鹿査定のひとつにも挙げられるという戦艦大和は、本書によれば、戦後新幹線の車輪の技術開発にも役立ち、有名なトヨタの効率的な部品組み立てのノウハウも、トヨタが戦後に呉まで行って教えてもらったのだとか。ロボットに限らず、人命を救うか、あるいは人を傷つけるモノになるのか――「高度な技術は必ず二面性をもちます」という著者の言葉は、正鵠を射ているだろう。

 国内よりも海外で高く評価されてきたという著者は、「日本でバカが生まれない」あるいは「バカが育たない」のは教育の問題が大きいと繰り返し述べる。たとえば、大学の入試問題に複数の解があるような問題を出すと、クレームがくるそうだ。そんな著者の教え子たちの中には、乳房の揺れ方についてプリンを使った振動実験の研究を行い、ブラジャーが大事であることを証明したり、男性がレム睡眠時に瞼の下で眼球が動くのと同時に勃起することを利用して、好きな夢を見る方法の研究をしたりする学生もいるという。今は周りからはバカと思われても、30年後に評価される可能性がある…かもしれない。

文=清水銀嶺