双極性障害からハラスメントまで――人気作家が自らの体験をもとに綴る、病とのつきあい方とは

文芸・カルチャー

2019/5/19

『絲的ココロエ 「気の持ちよう」では治せない』(絲山秋子/日本評論社)
『絲的ココロエ 「気の持ちよう」では治せない』(絲山秋子/日本評論社)

<人間は自分の意思では虫歯ひとつ治せません>――これは、小説家の絲山秋子氏が、精神の病に対して周りが甘えだの気の持ちようだのと理解のない言葉を投げかけてくるときに、自分に言い聞かせている言葉だ。

『絲的ココロエ 「気の持ちよう」では治せない』(日本評論社)は、『沖で待つ』『逃亡くそたわけ』などの作品で知られる人気作家・絲山秋子が、自らの病の経験をもとにそのつきあい方について綴ったエッセイだ。絲山さんは、1998年、31歳のときに双極性障害(Ⅰ型)を発症し、以来20年もの間病気とつきあい続けてきた。双極性障害とは、うつ状態に加え、それとは対極の躁状態がくり返し現れる慢性の病気である。その発症のメカニズムや治療法は医学的に解明されていない。患者自身はもちろん、医師ですらその正体をよくつかめていない病なのだ。そうであるならば、真っ向勝負を挑むのではなく、いったん丸ごと受け入れて、少しずつその特徴を理解したうえで徐々にコントロールしていく。本書にはそのための“ココロエ”が満載なのである。

 たとえば、うつの症状が出て日常の些細なことさえできなくなってしまうときなどは、あらかじめルーティンワークを洗い出し、得意・不得意に分類し、記号をつけておく。家事であれば、

A 好きなこと(料理、洗濯)
B まったく苦にならないこと(買い物、ゴミ出し)
C 面倒だができること(掃除機、水回り掃除)
D 苦手だが努力すればできること(家計管理、草刈りなど)
E できれば人に手伝ってほしいこと(窓拭き、換気扇掃除)
F 普段はやろうとも思わないこと(裁縫、植物の手入れなど)

というように分類する。そして、AやBレベルのことがDやEレベルくらい大変に感じるようになったら、休むことを考えるのだ。

<やらなければならない項目と、それについての思いがごちゃごちゃになって>いる場合には、それらを片っ端からランダムに書き出してみる。そしてそのときに浮かんだ感情も書き出しておく。少し時間を置いてから見直して、タスクと感情の部分を切り分ける。そのうち、「ちょっとだけならやってみてもいいかな」と思えたら、洗剤1つ買うでも銀行に行くでも何でもいいので、とにかく1つだけタスクを実行してみる。感情も書き出すのは、ネガティブな気持ちも否定せず受け止めるため。「完璧にできない自分」を責めるのではなく、「疲れたんだなあ」と自分に言葉をかけるだけでいい。どんな簡単なタスクでも1つ実行するだけで、停滞していたものが少しずつ変わり始めていることは事実なのだ。<「自分だけが、と思う気持ち」や「自分のことを責める気持ち」が行き場を失う感じを、見逃さないように>と絲山さんはいう。

 自身の病について書くことはとても辛く大変な作業だったと思うが、1つ1つの事柄について分かりやすく丁寧に読者に届けようとしているのが伝わってくるので、読んでいるとまるで自分の体質に合った信頼できるサプリメントを服用しているような気分になれる。

 本書は、双極性障害とのつきあい方から派生して、加齢による変化や依存、ハラスメントなど人々が直面するさまざまな問題への向きあい方についても書かれている。多様な価値観の溢れる社会においては、意見の相違や対立を“悪”とするのではなく、絲山さんのいうように、ほんの<にわか雨>だと思って、<「多少の雨が降っても対処できる」という余裕>を持って人と接することが求められているのだ。

文=林亮子