精神疾患も自殺未遂も生活保護も自己責任ですか? 「私の人生は苦労のフルコースでした」

文芸・カルチャー

2019/5/23

『わたしはなにも悪くない』(小林エリコ/晶文社)

 人は生まれながらにして平等ではない。生まれ落ちた家の経済状況や親の性格、持って生まれた外見などによって私たちの人生は異なる方向に進んでいく。幸福にどっぷりと浸かりながら生きていけるか、苦行のような人生を歩まなければならないかは、自分を取り囲む環境によっても変わってくるのだ。

 それなのに、社会は「平等であること」が当たり前かのように「普通」を押し付け、少しでも「普通」から外れると「偏見」という眼差しが向けられる。そんな生きづらい社会の中で、普通に上手く歩めなかった私たちはどうもがき、あがきながら生きていけばいいのだろう。

“思えば私の人生は、苦労のフルコースのようなものだった。”

 衝撃的なフレーズで幕を開ける『わたしはなにも悪くない』(小林エリコ/晶文社)には著者である小林さんが体験した、平等ではないこの世の現実が詰め込まれている。

 酒乱の父親を見ながら育った小林さんは学校でいじめにあい、担任の先生からは問題児として扱われた。それでも懸命に生き抜き短大に進学したが、就職浪人に…。中途採用でなんとか入った会社は社会保険もなく残業代もつかないほどのブラック企業。月収12万という、東京都の生活保護費以下のお金を大切に使いながら暮らしていた。

 だが、貧困というどうしようもない現状に耐え切れなくなり、21歳で自殺を決意。一命は取りとめたが精神科病院の閉鎖病棟に入院することに。退院後は不況の嵐のため就活が上手くいかず、再び自殺未遂をし、入退院を繰り返した。

 その後は生活保護を受けながら日々を生き抜いていたが、孤独感に苛まれお酒に手を出すようになった。深酒をし、失禁してしまった時は心の中の糸がぷつりと切れ、私の人生は終わったのだと確信したそう。だが、小林さんはそれでももがき続け、薬物依存症患者が通う施設で自分の傷と向き合うことにした。

“社会というのは平等ではなく、生まれた時にみんなが同じスタートラインに立っているわけではない。そして、みんなが同じように同じスピードで走れるだけの力を持ってはいない。”

 この世の現状をそう悟った彼女は本作を通し、同じような生きづらさを抱えている人に「自分を責めないで」とエールを送る。

“私は足をもつらせながら、息を切らしながら、必死に走る。そして同じように障害の多い道を歩む人を見つけたら、隣に立って「仕方ないよ。あなたは努力しているよ。あなたはなにも悪くないよ」と声をかけたい。そして、私も私のことを「わたしはなにも悪くない」と思えるようになりたい。”

 平等ではない社会を器用に生き抜いていけなくても、歩みが遅くても自分は自分のままでいい。――小林さんの紡ぐエッセイに触れると、社会という地獄でもがいている自分が少し愛おしく思えてくる。

■「死」に未来を見ている大切な人を守るには?

 連日、メディアでは多くの「死」が取り上げられる。その中には第三者から見れば「なんでそんなことで命を落としたのだろう…」と思える自死もあるように思う。だが、不平等なこの社会の中で「死」だけは唯一、どんな人も掴める平等なものであるようにも思えてならない。

“私にとって「死」というものは輝く希望だった。自分が感じている苦痛を魔法のように片付けてくれるのだから。”

 悩みの重大さは結局のところ本人にしか分からない。社会の理不尽さや自分の境遇と闘い続けてきた人は生き疲れ、小林さんのように「死」に明るい未来を見いだすこともある。そんな想いを持った人に対して、自分の死生観を押し付けることは余計に彼女たちを苦しめるだけだ。では、生きづらさと闘っている大切な人を「死」から守るため、私たちにはなにができるのだろうか。

“私は自殺をして、そのおかげでやっと医療者や家族とつながることができた。私は自殺未遂によって、結果的に救われたのだし、自分が危機的状況であると伝えることができたのだ。”

 精神科で過ごす中で小林さんが抱いた想いは、「死」に希望を見いだしている人に私たちができる“救いの手の伸ばし方”を教えてくれているように思える。

 近年はスマートフォンを開けば四六時中、誰かと繋がることができる時代だ。だが、そこに真の心の交流はどれくらいあるのだろう。人は人と繋がらないと生きていけない。繋がり方が多様化している今こそ、私たちは誰かと繋がることの意味や繋がり方を重んじていく必要がある。それこそが大切な人のSOSを逃さないための近道となるのだ。

■「私はなにも悪くない」と思える勇気を

 必死に頑張ってきたつもりなのに幸福に手が届かないと、自分のことを責めたくなる。もともと低かった自己肯定感がゼロになるほど、自分を追いつめてしまう人もいるはずだ。精神障害と闘っている方はより、自分のことを忌み嫌ってしまうかもしれない。しかし、苦しい気持ちになった時は本作のタイトルを心の中で唱えてみてほしい。「私はなにも悪くない」と。

 心が泣き叫ぶような過去を乗り越えながら生き抜いてきたという事実を認め、「死にたい」という想いを抱えながらも今日を終わらせられたことを褒めてみてほしい。自信が持てなくても、SOSが出せなくてもいい。ただ、小林さんのエッセイを通して知ってほしいのだ。あなたも愛される価値がある人間だということを。

 精神疾患当事者の視点から自殺未遂経験や生活保護を受けていること、父親と絶縁をしたことなどを紡ぐ小林さんは、社会の隅に追いやられている人たちの代弁者。本作は普通であれない私たちに「死」以外の希望を与えてくれる。

文=古川諭香