平尾誠二とW杯を見たかった…! 山中伸弥が綴る感謝に満ちた熱い言葉たち

スポーツ・科学

公開日:2019/6/14

『友情2』(山中伸弥:編/講談社)

 ラグビーワールドカップの日本大会が2019年9月20日から11月2日まで44日間開催される。前回大会での日本代表の大活躍により注目度が高まるなか、今年は日本の地でどのような盛り上がりを見せるのかが期待される。

 日本のラグビー界を語るうえで欠かせないのが“ミスター・ラグビー”こと平尾誠二だ。彼はラグビー日本代表選手であったほか、日本代表監督、神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督兼任ゼネラルマネージャーなどを歴任した。2016年10月に癌により53歳の若さで死去。多くの関係者やラグビーファンを悲しませたニュースはまだ記憶に新しい。

 京都大学iPS細胞研究所所長でノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥氏は、平尾と親交の深かったひとりだ。2010年、それまで憧れていた平尾との対談がかなったことをきっかけに、親しく付き合うようになった。平尾は山中氏にとって強く、優しく、太陽のような存在だったという。『友情2』(山中伸弥:編/講談社)は、平尾の家族や付き合いの深かった人々の言葉を山中氏がまとめたものだ。前作の『友情』【レビューはこちら】は主に平尾の最後の13カ月のことを山中氏が綴ったものだったが、今作では交流のあった幅広い人々の声をもって平尾誠二という男の生き様をあぶり出していく。

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■苦境をガラリと変えた平尾誠二の強いメッセージ

 本書で原稿を寄せたひとりである杉本慎治さんは、伏見工高ラグビー部で平尾の2年後輩であった。1年生のときに全国大会で優勝し、同志社大学を経て神戸製鋼へ入る。日本選手権7連覇に貢献し、1994年に引退した。

 神戸製鋼時代、杉本さんにとって忘れられないシーンがある。1988年度の全国社会人大会2回戦、東京三洋戦の試合前のロッカールームでのことだ。強敵を前にして、そこには「負けるかもしれない」という空気が流れていた。それまで神戸製鋼ラグビーの改革を次々と行ってきた平尾は皆に向かってこう言った。

「おれはこの試合に絶対勝ちたい。選手生命を賭ける!」
「この一戦に敗れたら、これまで一年間心血を注いで取り組んできた、新しい神戸製鋼のラグビーが間違っていたことになる」
「これでやらなければ男じゃない!」

 それまで平尾は、これほどはっきりと勝利への執念を露わにすることはなかったという。この言葉をきっかけにチームの雰囲気は即座にガラリと変わり、神戸製鋼は初の日本一を掴むことができたのだ。

■「つらいことがあったら…」平尾誠二が娘や孫に残した言葉は

 平尾の長女である大塚早紀氏もまた“尊敬できる父親”平尾との思い出を本書に記した。彼女が平尾に妊娠を報告したのは、平尾が旅立つ2日前だった。病床で妊娠の報を聞いた平尾は「よかったね」と声をかけてくれた。平尾は彼女が子どものころから“人として必要なこと”を話してくれていたという。

「人を貶めるようなことをしたらあかん」
「何か起きたときには、起きたことだけを見るんじゃなく、まわりの状況も俯瞰してみるようにするとええよ」
「つらいことがあったら、そのときは苦しいかもしれない。けど、あとから考えれば、それはきみにとって必要なことなのかもしれないよ」

 彼女は子どものころから父を尊敬していたが、病気と闘う姿を間近で見て濃密な時間を過ごしたことで、尊敬の念は以前よりもますます大きくなったという。平尾は、物事を決め付けない育て方をしてきた。そんな尊敬できるかっこいい父がしてくれたように、彼女は子ども自身の価値観を大事にして育てたいと誓う。

 平尾誠二が残してくれた、人を動かす言葉、温かい心、その力強い姿は、本書を通じていまも私たちに勇気をくれる。彼の生き様に心を打たれ、人生における気づきを得た人々の言葉が本書にはぎゅっと詰まっている。私たちも含めて残された人々の心は、深い感謝の気持ち、そして「平尾誠二とワールドカップを見たかった…」そんなせつない思いとともにいまもある。

文=ジョセート