音楽堂のラスト・コンサート中に起こった殺人事件、その真相は?『綾峰音楽堂殺人事件』

文芸・カルチャー

2019/6/25

『綾峰音楽堂殺人事件』(藤谷治/ポプラ社)

 小説には、五感に訴えてくる文章がある。たとえば、異国の風景が見えるような文章。たとえば、美味しい香りが漂ってくるような文章。たとえば、人肌の手触りを感じられるような文章。そういった分類で言うならば、青春音楽小説『船に乗れ!』(ポプラ社)などで知られる藤谷治氏の文章は、まさに「聴こえる」文章だ。作中に流れる音楽の描写はもちろん、物語の進み方、登場人物の発言など、なににつけてもテンポがいいのは、藤谷氏自身の音楽に対する造詣が深いことと無関係ではないだろう。

 そんな著者の『船に乗れ!』以来の音楽モノとして刊行されるのが、音楽ミステリ『綾峰音楽堂殺人事件』(藤谷治/ポプラ社)だ。

 物語の舞台となるのは、東京から新幹線に乗り、さらに在来線で3時間ほど揺られたところに位置する綾峰県。主人公である小説家のフジツボ・ムサオは、その地方都市にある綾峰県立音楽堂を訪れていた。英米文学の教授で、音楽評論家としても著名な畏友・討木穣太郎氏に、強引な誘いを受けたからである。

 討木氏がフジツボに見せようとしていたのは、綾峰県立音楽堂の最終公演だった。綾峰フィルハーモニー管弦楽団の本拠地である県立音楽堂は、造形美術のための施設へと改築され、同時に、綾峰フィルへの県からの助成金も打ち切りになるというのだ。

 助成金が打ち切りになれば、綾峰フィルは事実上崩壊する。討木氏は、2年ほど前から綾峰フィルの特別顧問の職に就き、たびたび綾峰を訪れていた。そこで起こっていることを書いてほしいと討木氏に訴えられたフジツボは、音楽堂の最終公演にやってくる。たどり着いたそこで見たのは、長くて垢抜けないラスト・コンサートの名称、「非常に特殊」かつ不穏なプログラム、そして、綾峰フィルの怒りを感じる凄まじい演奏だった。

 異様な雰囲気の中で進む公演に終わりを告げたのは、ファンファーレでも聴衆の拍手でもない。沈黙の中に響く、女の悲鳴だ。

 舞台裏で殺されていたのは、東京帰りのタレント崩れ・DJユウヤこと吉見佑哉。ローカルFMのカリスマとして活躍していた彼は、ラジオやネットを巧みに使い、「綾峰フィルが税金を無駄遣いしている」「音楽堂を取り壊すべきだ」という市民運動を煽った人物だった。

 その日、綾峰音楽堂に集っていた人間は、ほとんどが音楽堂や綾峰フィルの関係者だ。ほぼ全員に、吉見殺害の動機がある。音楽堂にいっぱいの容疑者、殺害現場からいなくなった楽団員、消えた凶器、長くその土地に続いている政争……偶然その場に居合わせてしまったフジツボは、自称“人間嫌い”の討木氏とともに、綾峰フィルと音楽堂をめぐる人間関係のもつれを追うことになるのだが──?

 討木氏らと事件の経緯をたどるうちに、主旋律である殺人事件の裏から、地方都市の窮状、ネット上で火がつく“正しさ”の暴走など、現代のひずみとも言えるものが見えてくる。それらが、物語に奥行きやリアリティーを与え、なおかつ見事に響き合っている点も見事だ。ミステリファン、音楽ファンのいずれにも、しっかりとした“聴き応え”のある本作。綾峰フィルの奏でる予想外のフィナーレに、背筋が冷えることだろう。

文=三田ゆき