映画『マトリックス』の世界が現実に!? 常時オンラインの環境が人間を変える

ビジネス

2019/6/26

『アフターデジタル』(藤井保文、尾原和啓/日経BP社)

「行動はすべてデータ化され、人間はあたかもデジタル世界に住んでいるかのように毎日を送る」
――SF映画『マトリックス』のことをいっているのではない。モバイル機器やセンサーがすみずみにまで行き渡ることで、「つねにオンライン」、つまり常時インターネットに接続している状態となった世界の現実的な未来像である。

『アフターデジタル』(藤井保文、尾原和啓/日経BP社)は、これまで(ビフォアデジタル)の生活ではオフラインの補佐役を担ってきたオンラインが主流になる次世代の様相を描く。そして、その世界では、ビジネスのあり方がどのように変わっていくか、そして変わるべきかについて、中国やアメリカの一部都市、また国を挙げて壮大なデジタル化の実験に取り組んでいるエストニアといった先行事例をもとに紹介する。

■ただモノを売るだけの商売は消滅する?

 たとえばビジネスとしてスニーカーを売ることを考えてみよう。ビフォアデジタルの世界では、有名スポーツ選手であるマイケル・ジョーダンを起用してテレビで大々的に広告を打ち、そして大量に販売する、いわばモノを売ってしまえばおしまいのビジネスモデルが大半だった。

 しかし、アフターデジタルの世界では、顧客体験やカスタマー・ジャーニーといった概念が重要視される。そこでは、スニーカーという商品を売ることが単なるゴールではない。スニーカーは、たとえばユーザーが健康的な生活を送るためのひとつのパーツとみなされる。そのうえで、スマホのアプリで走行距離を管理したりマラソン・イベントの参加資格を付与したり、さらにオンライン上でスニーカーを自由にカスタマイズできるというように、継続的に価値を提供することで、ユーザーのさまざまな体験をサポートするような「寄り添い型」のビジネスへと移行する――本書はそのように予測している(しかもある程度のサービスはすでに実現している)。

 著者はさらに、「ユーザーのあらゆる行動データをフル活用してユーザー体験を高めていくビジネスモデルが可能になり、そうしたモデルを早く構築した企業が勝ち残る」と宣言している。その具体例として示された中国のある保険会社の取り組みについて読むと、まだ完全にはその正体を現さないアフターデジタルの世界を垣間見るようで興奮もするだろうし、私たちの生活に密着するビジネスの世界でも大きなパラダイム・シフトが起きていることを実感できるだろう。

■「常時オンライン」が当たり前の世界で、人間はどう生きるか

 本書を読み進めると、スマホなどを利用するモバイル決済、シェアリング自転車や無人コンビニなどの時代の最先端を行くサービス、そしてGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)の動向などのすべてが、オンラインがオフラインを凌駕し飲み込んでいく、つまり“アフターデジタル”へと進む過程と密接に関係していることに気付くはずだ。そして諸外国とくらべるとこの分野では大きく立ち遅れている日本の実情を見て、悲観的な気持ちになるかもしれない。

 しかし最終章には、そんな読者を勇気づけてくれるいくつかのフレーズがちりばめられている。

“日本企業の提供する「体験」は、信頼や感動を与えるものが多い。「思いやる」「もったいない」「せっかくだから」といった英語に訳しづらい日本語が示すように、対面での心遣いの品質が高いのだから、ビジネスモデルの立脚点をビフォアデジタルから脱却すれば、高いポテンシャルをもっている”

 こういった主張はとても力強く響くだろう。

 今後、日本を含めて世界がますます「アフターデジタル」化していくことは間違いない。また、それに合わせてビジネスのあり方が変わることも理解しておいたほうがよい。ただ、ビジネスのプレイヤーやひとりの消費者としてでなく、“生身のいち人間”として考えたとき、その世界が本当に居心地の良いものなのかどうか、はたしてそういう世界に住みたいと思えるのかどうかは、ひとりひとりが事前に考えておくべき問題であろう。

文=高橋修/バーネット