号泣必至の和風ファンタジー、番外編を収録して書籍化!『鬼人幻燈抄』

文芸・カルチャー

2019/7/12

『鬼人幻燈抄 葛野編 水泡の日々』(中西モトオ/双葉社)

「人よ、何故刀を振るう」──『鬼人幻燈抄 葛野編 水泡の日々』(中西モトオ/双葉社)の作中で、剣技に長けた主人公が、鬼に投げかけられる問いだ。刀の使い手にとって、刀は命、刀を振るうことは生きること。すなわち先の問いかけは、こう読み換えることができる。「人よ、何故生きる」。物語は、水や食べ物のように、なければ死ぬというものではない。だが、深い孤独や絶望の中で、これ以上生きることに意味があるのかと嘆く人にとっては、この世を生きるためのよすがとなる。本作が支持を集めているのは、そのように物語を欲する人に必要とされているからではないか。

 物語の舞台は天保の世、江戸から百三十里ばかり離れた葛野の地。とある事情から妹・鈴音とともに生家を出た少年・甚太は、「巫女守」だという男に連れられて、葛野の地にやってきた。甚太がそこで出会ったのは、白い肌に黒い髪の少女・白雪だ。甚太と鈴音は、葛野の巫女「いつきひめ」を母に、いつきひめの護衛である「巫女守」を父に持つ白雪と、穏やかで幸福な暮らしをはじめる。

 それから13年の月日が流れ、白雪は母のあとを継ぎ「いつきひめ」に、甚太は、よそ者でありながら集落に受け入れられて、「巫女守」を継いだ。甚太は白雪に密かな想いを寄せていたが、「いつきひめ」となった白雪は、以前のように気軽に会える存在ではない。しかし甚太は、葛野の民を守るため、俗世間と隔絶された孤独な巫女「いつきひめ」となる道を選んだ白雪を、「巫女守」として支えられることを誇りに思って過ごしていた。

 白雪と鈴音、甚太の3人で、当たり前に一緒にいられたころの幸せはすでにない。が、流れ着いた地に受け入れられ、己が役目をまっとうできるという幸福がある。そのように信じて巫女を護り、怪異を祓うべく刀を振るっていた甚太だが、ある日、集落を囲む森の中で、異形の姿が目撃される。人ならざる巨躯は、おそらく「鬼」。いつきひめより「鬼切役」を拝命した甚太は、鬼討伐に向かうのだが……。

 実は本書は、一冊の完成された物語でありながら、江戸から平成を駆け抜ける壮大な長編のプロローグでしかない。鬼の力は、葛野に生きる人々の心を容赦なくさらけ出し、いとも簡単に引き裂いた。甚太も白雪も、鈴音も集落の人々もみな、誰かのことをまっすぐに想い、幸せになってほしいと願う自身の生き様を誇って生きていたのだ。間違ったことはなにもない。けれど、悲劇は起こってしまった。あとに残ったのは絶望と孤独、そして、遠い未来に与えられた、己の心と向き合う機会。千年の時を生きることとなった甚太は、刀を振るう意味をみずからの胸に問いながら、長い長い旅に出る。

 WEB連載時に絶賛を博した和風ファンタジー小説を全編改稿、番外編を収録して書籍化された本作。彼はなぜ刀を振るうのか、人は何故生きるのか──その答えを、千年の時を往く甚太とともに、じっくり探してみてほしい。

文=三田ゆき