「うんこ」の話!? 63歳住所不定の奇才が描く、誰も見たことのない野卑で美しい世界

文芸・カルチャー

2019/8/24

『純子』(赤松利市/双葉社)

 赤松利市。この作家がずっと気になってたまらなかった。馳星周氏が手がけた『不夜城』(KADOKAWA)のハードボイルド感に感動した後、彼が選考委員を務めた「第1回大藪春彦新人賞」にて満場一致で受賞に至った赤松氏の存在を知ったからだ。文芸界に突如現れた「住所不定・無職」の大型新人。赤松氏には、そんなキャッチフレーズがつけられている。

『藻屑蟹』(徳間書店)でその新人賞を受賞して以降も、赤松氏は独特の感性を詰め込んだ作品を世に送り出している。例えば、波乱に満ちた自身の生い立ちを詰め込んだという『ボダ子』(新潮社)は、「100%実話」に基づく刺激的なストーリー展開で、読書好きの間でも話題となった。

 そしてこの度発売された『純子』(双葉社)でも、赤松ワールドは炸裂。本作は、泥臭くて過激な昭和を舞台にしたファンタジー小説だ。

■貧困から抜け出すためにあらゆる手段を使おうとする美少女

 主人公はタイトル名の通り、純子。物語は2歳の純子が見た、母親の自殺シーンから幕を開ける。純子は祖父や祖母、叔父と共にへんぴな里にあるあばら家で暮らしていた。一家の生きる術は、里の人々の下肥を脅しながら汲み取ること。器量の良かった純子は、遊女だったという祖母から毎夜毎夜、成人雑誌の卑猥な記事を読み聞かせられ育った。純子を蜜のしたたる女にして、中学を出たら商家の奉公に出し、貧困から抜け出す――それが祖母の口癖だったのだ。

 そんな純子や家族の生活はバキュームカーの導入により一変する。下肥で生活をつないでいた一家にとって、バキュームカーはうんこを勝手に盗むズルい道具。暮らしは一気に困窮していった。

 だが、ある日、ひょんなことから純子は里の金持ち宅の息子たちと出会う。3人の子供を美貌でたらしこみ、食べ物を得るようになると暮らしは豊かに。息子たちとの交流を通して、他人にまったく興味がなかった純子の心にも変化が見られるようになったが、幸せな日々は長くは続かない…。

 なぜなら、湧き水が枯れ、里に水不足の危機が訪れたからだ。里を守るため水道を引きたいと考えた純子は、ヤクザに自ら身売りし、里に水道の本管を引くことを条件に、人形コレクションが趣味である県会議員の愛玩となることを決意する。さらにその先では思わぬトラブルが起こり、純子の運命は変わっていくのだが――。

 毒毒しさとファンタジー要素が混ざった本作は恐ろしくも美しい、うんこと少女の物語だ。

■うんことファンタジーの融合作に心が動かされる

 こんな小説は読んだことがない。ラストページを閉じた時にもそう思った。

 一般的なストーリーならば、不遇な生い立ちに置かれた主人公は家族の歪んだ思考や自分の境遇について不快感や嫌悪感を募らせていくものだ。だが、純子は違う。祖母の異常な性教育を素直に受け入れ、贅沢をするために自らも「早く身売りされたい」と願う。作中で描かれる、身売り先をなかなか見つけてくれない祖母に痺れを切らして焦る小学生の純子の姿には、赤松氏にしかかけない力強さやしたたかさがあるように思う。

 また、話が展開していくにつれて、身売りされたい理由が「自分のため」から「人のため」になっていく純子の心情の変化は美しい。たとえ下品な表現であっても、そのひとつひとつに笑ったり、感動したり、高揚したりできるのだ。人の心はうんこの話でこれほどまで動かされるのか…と驚愕してしまう。

 赤松氏の描く汚くも爽快感のある世界観はきっと誰にも真似できないものだ。周囲から“糞汲みの家の純子”と呼ばれていたひとりの美少女がどう変化し、どんなファンタジーが巻き起こるのか、ラストまで目が離せない。

文=古川諭香